ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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纏向遺跡から桃の種2000個が出土した

 昨年11月に天理市の南10キロにある桜井市の纏向(まきむく)遺跡が大きな関心を呼んだことがある。邪馬台国に君臨していた卑弥呼の宮殿と推定される3世紀頃の大型建物跡が発掘されたからであった。そのニュースに関連して、当時のメルマガに私なりの感想を書き込んだことがある。
 
 それから10ヵ月後の9月中旬、今度はその建物跡に隣接した土地を発掘調査した結果、大型土坑の底から種々の祭祀用具とともに桃の種2千点あまりが出土したというニュースが報じられ、大量の桃が出土したことで大きな関心の的になった。
 桃太郎の昔話では、川上から流れてきた桃から男の子が産まれる。ところが江戸時代に伝えられていた伝説では、流れてきた桃の実をおじいさんとおばあさんが拾って食べたら不思議にも若返って、その2人の間に産まれた子どもを桃太郎と名づけた、という筋書きになっている。つまり、桃の実は永遠の生命を保つ究極の救いを意味している。(小田朝章氏の説による)
 古事記にも桃の実3つを投げて鬼を追い返した話が出てくるように、卑弥呼の時代(3世紀)にも桃は祭祀に欠かせない神秘の果実であったらしい。
 
 それはともかく、9月19日に調査結果の現地説明会があった。私はこの機会に3世紀(約1700年前)の桃の種を見たいと思い、現地に向かった。改めて確認したのだが、纏向遺跡の位置は、教祖伝に出てくる大和神社や大豆越村と隣接していることに、何か偶然とは思えない因縁を感じた。
 説明会の資料によれば、桃の種(核)が出てきた大型土坑(写真参照)は、南北4.3m、東西2.2mの大きさで、深さは約0.8mになる。しかもその半分は後年になって削り取られているので、最初は桃の種もずっと大量に捨てられていたに違いない。同じ土坑から出土した祭祀用具はすべて壊されていて、すぐ近くの建物の解体に伴って祭祀を行った後に祭具類を破壊し、土坑まで運んで捨てられたものと推定されている。以上は考古学専門の担当者の説明による。
纏向遺跡の現地説明会場
(纏向遺跡の現地説明会場)

桃の実が大量に出土した大型土坑
(桃の実が大量に出土した大型土坑)

桃とともに出土した様々な祭具
(桃とともに出土した様々な祭具)

 上の写真は、纏向遺跡で当日撮影したもので、参考までに添付した。
 この遺跡に関わる古代史の謎について興味のある読者は、昨年11月に配信したメルマガ(121号)を再読して下されば有難い。ヤフー・メルマガのサービス停止によりリンクできないためアンコールすることを了解願いたい。

 次回は「立て替え」の必然的な道すじ(3)を発信する予定です。


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