ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

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<心のテープ>(121号)邪馬台国は桜井に? (2009/11/25配信)

 先日11月11日の各新聞朝刊で、大々的に奈良県桜井市の纏向(まきむく)遺跡の発掘結果が報道された。毎日新聞の見出しには、
<卑弥呼の宮殿か/纏向遺跡に大型建物跡/邪馬台国と同時代 大和説前進>
 という文字が並んでいた。ご承知かと思うが、その遺跡は天理市と桜井市の境目にあり、おぢばの南方ほぼ10キロに位置している。以下、書き出しの部分をコピーすると、
<邪馬台国の最有力候補地とされる纏向遺跡(奈良県桜井市)で、卑弥呼(248年ごろ没)と同時代の3世紀前半の大型建物跡が見つかり、桜井市教委が10日、発表した。柱穴が南北19.2メートル、東西6.2メートルに整然と並び、同時代の建物では国内最大級。過去の発掘調査で確認された3棟の建物や柵列と共に、東西方向の同一直線上で南北対称となるよう配置されており、卑弥呼の「宮室」(宮殿)の可能性がある。・・・>

 古代中国の史書「魏志倭人伝」は卑弥呼の館「宮室」について「楼観・城柵を厳かに設け、常に人有り、兵(武器)を持して守衛す」と記している、という。20年余り前に発掘された吉野ヶ里遺跡(佐賀県)は、卑弥呼の時代に近い2~3世紀の濠に付設された物見やぐらが楼観に当たるとして評判になった。
 また95年に見つかった池上曽根遺跡(大阪府)の大型建物跡は、さらに西暦前1世紀頃にさかのぼり、日本が百余国に分かれていた頃の祭殿とみられている。

 このたび発掘された建物跡は、大きな柱穴が碁盤の目のように45本あり、高さは10メートル、タタミ150畳以上の広さと推測されている。(柱が残っていないのは、当時は建物を壊す時に柱を抜き取って別の建物に再利用していたから、との専門家の説明があった)
 しかも発掘された土器の種類は、九州から関東まで広範囲のもので、3世紀に全国から纏向に人が集まっていたことを証拠づけている。女王卑弥呼は神の声を聞き予言を的中させることによって、弟とともに30カ国の上に君臨していたといわれている。
 邪馬台国九州説を信奉している人には申し訳ないが、邪馬台国大和説を補強する発掘調査の結果であることは間違いない。

 その後、テレビでも纏向遺跡の話題が取り上げられ放映されたが、その一つに卑弥呼が死亡したとされる年(西暦248年)の前後に、日本列島が2度にわたって皆既日蝕になったことが天文学の上から証明されている。その異変を制御できなかったことで、神託によって国を治めていた卑弥呼の権威が失墜し、殺されたのではないかと推測する説が紹介されていた。
 また古事記の「天の岩戸隠れ」は皆既日蝕を表わしていて、再び開かれた岩戸から出てきた女王は、卑弥呼の血統を継ぐ少女の壱与ではないかとも推理されていた。卑弥呼は自らホト(女陰)を箸で突いて自殺したとの説もある。
 
 上記の毎日新聞の記事によれば、纏向遺跡の東に位置する巨大な箸墓古墳の築造年代は、かつては4世紀以降とされていたが、最近は卑弥呼の没年(248年ごろ)に近い3世紀後半とみられている。従って、卑弥呼の墓とする説も有力になっている。
 また、魏志倭人伝には朝鮮半島から邪馬台国への道のりが書かれているが、記述通りに進むとフィリピンの南に行き着いてしまう。その理由は方角を間違えたためで、東を南に置き換えると大和に到達するという説もある。その他、銅鏡の有無なども関係があるとされている。

 最後になったが、以前、天理本通り商店街に上野土産物店があった。今は店を畳んでしまったが、その主人は上野凌弘と言い、独自の境地を拓いた歴史小説の作家であった。独自の境地という意味は、敗戦直後満州にいた上野氏がリーダーとなって日本人を引率して類のない苦難に耐えて帰国する途中、命を失った犠牲者の霊の声が聞こえる超能力を得たという。その特異な能力を駆使して書いた多くの作品の一つに『女王卑弥呼』がある。
 
 その作品は、作者が箸墓の上に立って卑弥呼の霊を呼び覚まし、直接その霊から聞いた物語として描かれている。それは決して荒唐無稽な内容ではなく、女王卑弥呼の平和を愛する気持や、全国各地を支配する王たちの息子(王子)の憧れの的となっていた美しい女王としての卑弥呼を見事に描いている。
 卑弥呼は晩年に至るまで独身を通すが、恋慕する王子たちと一夜の契りを許すこともあった。その中で最後まで女王を慕って独身を通した一人の王子とのトラブルが女王の死に結びついたと描かれている。卑弥呼が自らホトを箸で突いて死を選んだわけは、老境になっても性の執着を断ち切れない自分を自ら罰するためであったとしている。
(上野凌弘氏の歴史小説は、今でもAmazonで検索すると、高値で数多く出品されている)

 今度こそ最後になるが、中山みき教祖は元始まりに「いざなみ」の魂のいんねんと教えられているが、天保9年まで一度も生まれ替わりされたことがないとは考えられない。口伝には幾度か女帝(女性の天皇)に生まれたと聞いたこともある。
 前川家の実母の出里である長尾家は、古代から代々大和神社の巫女を勤めた家系と伝えられている。
 ここから先はあくまで想像の域を出ないが、古代の女王卑弥呼が神の啓示によって邪馬台国を治めた「真の柱」であったとすれば、教祖の前世の一つではなかったのだろうか。とすれば、おぢばのある天理市の近くに邪馬台国が実在することは当然のような気がしないでもない。とんでもない妄想と反論されることを承知の上で、あえてイメージを広げてみた次第。
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今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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