ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

Entries

龍馬と天理教(つづき)

 龍馬が脱藩した頃の日本の国は、全国が大小の藩によって分割され、それらの藩はすべて徳川幕府によって支配されていた。支配といっても中央集権ではなく、藩ごとに権力をふるう数多くの藩主(大名)が並存していた。各藩は士農工商の身分差別による封建制度の体制であった。各藩の上に立つ幕府は、すでに武器を後ろ盾にした欧米と対等に交渉する力を失っていた。
 龍馬が脱藩した理由は、藩閥を超えて日本人としての自覚に目覚め、幕藩体制のままでは日本が外国の餌食になって侵略される危機を感じ取っていたからだ。龍馬に限らず維新の志士たちは、「日本を洗濯する」ために蓄えたエネルギーを爆発させたのであった。尊王攘夷の旗の下で徳川幕府を倒し大政奉還するためには、武力を行使する以外に方法はなかった。そのためには、どうしても「薩長連合」が必要であった。
 
 龍馬の仲介で薩長の密約ができた翌年(慶応3年)に龍馬は暗殺された。同じ年に教祖は「みかぐらうた」を制作されていたことは前回に記した。
 江戸無血開城の立役者となった薩摩の西郷隆盛も、後に明治10年、西南の役で敗死している。明治維新を成功に導いた龍馬と西郷の2人ともに、その途中で命を落としたことは、後に軍事政権の暴走によって日本の進路が歪められていく「怖き危なき道」を予感させられる。西郷が明治政権への不満を抱く氏族の反乱に組したのは、自ら死を覚悟してのことであった。
 教祖が西郷の憤死と同じ年にしるされた「おふでさき第13号43~52」には、明らかに西南の役に関わる神意を表わされている一連のおうたがある。そのおうたには、政治の次元を超えた陽気づくめの世の立て替えを望まれる神意がはっきり示されている。
 
 せかいぢういちれつわみなきよたいや たにんとゆうわさらにないぞや
 このもとをしりたるものハないのでな それが月日のざねんばかりや
 高山にくらしているもたにそこに くらしているもをなしたまひい
 それよりもたん/\つかうどふぐわな みな月日よりかしものなるぞ
 それしらすみなにんけんの心でわ なんどたかびくあるとをもふて
 月日にハこのしんぢつをせかいぢうへ どふぞしいかりしよちさしたい
 これさいかたしかにしよちしたならば むほんのねへわきれてしまうに
 月日よりしんぢつをもう高山の たたかいさいかをさめたるなら
 このもよふどふしたならばをさまろふ よふきづとめにでたる事なら
 この心たれがゆうとハをもうなよ 月日の心ばかりなるぞや

 
 明治の初めから150年後の現在に戻って、幕末に生きた龍馬と天理教の現実を対比してみたい。
 いま天理教を脱藩、ではなくて脱教すれば、教外の日本社会は明治以前の幕藩体制ではなく、天理教とは全く異なる民主主義社会になっている。しかも幕末のように武力で体制を変革することは出来ない時代になっている。暴力の代わりに民衆による総選挙の一票が、政治権力や社会の仕組みを変える力を持っている。その意味では、戦後の日本社会は「ろくぢにふみならす」神意が半ば実現している。とはいえ「心の成人」なくして理想の世界はあり得ないとすれば、教祖の教えの根本が世の中に伝わっていない現状は、神の残念が積み重なっているに違いない。
 
 脱教した人が改めて気づくことは、今の世の中で天理教だけが特殊な体制を保持しているということだ。いわば日本中で、今でも天理教だけが身分と世襲を重視する時代錯誤の幕藩体制を維持しているといえるのだろうか。実際に、教会系統を藩にたとえ、大教会長=藩主(大名)、家来=部内教会、年貢を納める農民=ようぼく に譬える声を耳にしたこともある。
 上記の類比に対して、私は異論がある。というのは、天理教は幕藩体制とは似ても似つかない体制であるからだ。第一、藩は現在の府県と同様に一つのまとまった地域で成り立っていたのだから、全国至る所に部内教会が散在している教会系統とは大きな違いがある。しかも藩主に仕える家来は、大なり小なり代々家禄(石高)を与えられていたのだが、家臣にあたる部内教会は大教会に御供を運ぶばかりで、その見返りに給与を支給されているわけではない。その代わり「理」を流しているというが、上に都合のよい理だけを一方的に流しても「ろくぢ」とは言えない。現在に至る天理教団は、時代錯誤の特殊な宗教的運命共同体と呼ぶのが正しいだろう。というよりは、未だかつて世界に類例のないキメラのごとき特殊な共同体と呼ぶべきだろう。
 
 しかし、大政奉還は教祖ひながたの道への「復元」にあたる、だから明治20年1月26日に戻って、教祖の「一れつろくぢに踏みならす」神意を土台として再出発する以外にないという受け取り方もある。天理教自体がモデルとなって陽気づくめのひながたを示さなければ、日本全体の立て替えはできないという使命感も大事であろう。
 しかし、幕末のごとく体制変革のために武力を行使できない現代において、全く民主的なシステムのない天理教内で、教会長・ようぼくが投票によって意思を示すことができない以上、変革のしようがない。そうした天理教共同体から脱出せずに生活している人々は、教内だけしか通用しない規範(ルールまたは慣習)を受け入れる他にないとすれば、仮に民主的な投票で意思を問うたとしても、変革は生じないだろう。それ故に、世襲を受け継ぐ人達にとっては、もう暫くは安泰な立場を維持できるというものだろう。

 いずれにせよ教会を「脱教」すれば、上記のような特殊な共同体から離れることができ、教外の社会は全く開放的で自由だから、天理教のことなど忘れてしまうことになる。それ故、幕末と違って武力で弾圧され暗殺される恐れはないにもかかわらず、体制変革へのエネルギーや情熱が、教内外に蓄積されることはない。
 事実、最盛期のようぼく・信者数と比べると、現在の実動しているようぼく数は、およそ1/10の生き残りしかいないことが明らかである。つまり9/10のようぼくは、すでに脱教していることになる。
 とすれば、教内で生き残っているようぼくは、その稀少価値を自覚して、何を目標に活動すればいいのだろうか。新しく天理教に「入る」人をにをいがけしても反応は0に等しく、かりに入信しても、教理と現実のあまりにも矛盾した体制に呆れて脱教するに違いない。共同体の内外では全く規範を異にしているにもかかわらず、その二重規範の矛盾に気づかないところに、共同体の衰退が止まらない原因がある。
 
 とすれば、教内外の壁を取り外して普遍的に通用する教理を伝える他にない。すべての答えは原典にある。その親神様・教祖の教えを、現代社会の様々な課題を接点として、具体的なテーマに絞って問題提起していくことが必要であろう。
 その試みの一つが、過去6年間続けてきた<戦争を語りつぐ証言>の収集ひのきしんであった。その証言者は教内外を問わず、日本人の高齢者であれば誰にでも通じる体験であり、戦争と平和こそは未解決の重大な問題であるからだ。
 そして今、提案している<平穏な死を望む平穏会>の設立も、同じスタンスの延長上にあることを理解して頂きたいと願っている。
関連記事
スポンサーサイト

Comment

らくださんへ 

コメント有難く拝見しました。
「脱教」と「脱教会」を区別しないといけないのは確かでしたね。その両方がイコールの場合もあるでしょうが、「脱教」だけは食い止めたい願いでブログを書き続けているのです。

私が家出(教会出)した理由についてのお尋ねですが、前回にその理由の一端として「もともと布教しないのなら教会を出て働くしかないと、二者択一で自分を上京に追い込んだ」と書きましたが、教会に生まれ育った私には個人の家庭がなく、いつも他人が出入りしている環境に耐えられない面もありました。
また、布教する気になれないのなら教会で生活する資格はない、とすれば世間へ出て働くべきだ、と単純に結論したのです。とにかく青年時代は自分でも呆れるほど純粋であった、と今になって思うのです。
とりあえず、以上の回答で了解を願います。また必要あれば詳しく回想するときもあるでしょうが。
  • posted by みさと 
  • URL 
  • 2010.09/06 21:26分 
  • [Edit]
  • [Res]

No title 

前回の記事を読んでから続きをとても楽しみにしていました。「脱教」はしたくないししないけど、「脱教会」をしたい気持ちを、しょっちゅう持ってしまうのですが、なんとか抑えている毎日です。先生の書かれるものを読ませていただくと不思議と気持ちの切り替えができるのでほんとに有り難いです。家出の理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?
  • posted by らくだ 
  • URL 
  • 2010.09/06 19:42分 
  • [Edit]
  • [Res]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

植田義弘

Author:植田義弘
今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

『天の言葉』ダウンロード無料

『原典を元とする理の研究』から教義の基本となる序章と第一章を抜粋してまとめたpdfファイル(37頁分)を無料提供します。

ダウンロードを希望される方は下記アドレス宛にメールくだされば、折返し添付ファイルを返信します。genten505@gmail.com

ブロマガ<原典からの出発>

紹介文:このたび特定の読者のために電子書籍およびPDFファイル等を提供する企画を進めています。いずれも原典を元とする非公開の資料ばかりです。
今後の文書活動資金に役立てるため有料としますが、ご理解ご協力の程よろしくお願いします。

ブロマガ記事一覧

購入したコンテンツは、期限なしに閲覧いただけます。

(購読手続きは FC2 に無料登録して購読ご希望の資料ごとにメールアドレスとパスワードを記入するだけで個人情報は不要です)

FC2カウンター

最新更新した記事

アルバム