ブログ<原典からの出発>(since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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「切る理・つなぐ理」をめぐって

 今の世の中の常識から言えば、すべては「もの」が基礎だから、実証できる「もの」しか信じない、ということになる。その前提として、唯物的な科学が万能の神に代わって君臨している。
 例えば人体にしても、各種の内臓、脳の神経など、すべて生化学物質から出来ている。その最小単位となる細胞も物質であることに変わりはない。人体の基礎は、そうした「もの」から構成されていると同時に、全身を循環して細胞に栄養を供給している血液も,細胞から分泌されるホルモンも「もの」に違いはない。そうした物質的な生命観が「死んだら終り」と自殺や殺人を簡単に実行する世相に映し出されている。
 しかし「もの」を出発点とする唯物科学の考え方には明らかな矛盾がある。というのは、一刻の休みなく体内で続けられている細胞の新陳代謝、そのための体内分子の分解と合成の作用が細胞自体から発生するかどうかという問題とともに、もう一つの重要な疑問がある。それは、脳の電気的な神経活動は、他の体内組織と違って、物質的な分解や合成を必要としないことにある。
 神経活動は脳内に蓄積された記憶にもとづく情報処理だが、その場合、記憶を分離あるいは連合する(切る・つなぐ)作用が基本となることは他の細胞と変わりはない。しかし、その情報処理は物質分子の変化ではなく電気的な過程として行われる。それ故、記憶情報の「切る・つなぐ」機能は物質の変化を必要としないことになる。とすれば、他の内臓の場合も、「理」の働きは構造に依存しているのではない。例えば「飲み食い出入り」の理がはたらく道具として胃腸や腎臓・膀胱などが進化してきたことになる。しかし「理」のはたらきは、実験科学によって実証されない故に認知されることはない。
 
 とくに「脳から心が生まれる」ことを前提にしている脳科学には、その根底に落とし穴がある。例えば、パソコンはもとよりビデオにしてもCDやDVDにしても、その中に保存されている情報を再生するためには外からの入力を必要とする。紙に文字を印刷した書物は、人によって読まれなければ意味はない。それらの書物や記憶媒体自体は、保存している情報の意味や価値を全く知らない。再生した映像を美しいとか楽しいとか情緒を感じるパソコンやビデオがあれば化け物である。
 例えば複雑な方程式を解く思考やショパンの難曲を弾くピアニストの指の動きは、脳皮質の神経細胞によって実行不可能なことは自明の事実である。
 脳それ自体は物質からなる記憶装置だから、心(意識)の入力によって初めて意味や価値が生まれるのであり、その入力は脳の神経細胞から発生するのではなく「電源」は他になければならない。その「電源」こそは「魂」に由来すると仮定することができる。
 要するに、脳という物質的な道具は「理」によって機能するのであり、「理」は脳内では電気的な信号パターンによる情報処理として、脳以外の体内では物質を媒介とする新陳代謝あるいは体液の分泌・循環として働いていることは間違いない。
 
 3年近く前に刊行した小著『元の神・実の神』の「四章 元と実=一体性創造システムとしての神」(101~2頁)の中で、次のように記述しているので、参考に一読して頂ければありがたい。教祖を通して説き明かされた神は、過去のどの宗教の神とも異なり、この世・人間(心身)の創造を「十全の守護」の一体性システムとして明らかにされたのであった。
<「十全の守護の理」とは、元初まり以来、今もあらゆる事象に見られる「一体性創造システム」を意味しています。天地自然はもとより、私たちの心身は一刻も休みなく、このシステムによって生命と意識の働きを持続しているからです。切る理(機能・作用)を司る神は「たいしょくて天」と名づけられています。この神は天体・方位では艮(うしとら=北東)に集まる星となり、「ふぐ」という魚類に象徴されています。自然界では物質分子の分解・原子の分裂を起こす作用となります。
 生命現象としては、親子の胎縁を切るとともに息を引き取る(切る)という生死に関わるとともに、細胞分裂によって成長の元となり、自他を区別して異物を切り離す免疫系の機能を受け持っていると考えられます。
 心の領域で、数学の基本である引き算ができるのは、数字を分離・分解する機能が意識の中にあるからです。一方、「よく」のほこりを積むと、人間関係が切れ、秩序を乱す結果となり、異常な細胞(ガン)の分裂が止まらなくなり、ついには死に至ります。
 脳神経系はパソコンに比べられるように、心の道具です。いくら記憶がたくさん蓄えられていても、意識が循環して意味を読み取らなければ、メモリだけではパソコン同様に心の働きはできません。
 新陳代謝はいのちの基礎となる機能です。この新陳代謝の過程に、いのちの創造と守護の理が如実に実証されているのです。まず「飲み食い」したものが分解され(切る理)、必要な栄養物が抽出され(引き出しの理)、最適の構造に組立てられて合成される(つなぐ理・突っ張りの理)。最後に不要となった老廃物が排泄(出入り)されます。
 新陳代謝の機能が持続するために、体温(ぬくみ)と水分が前提となっているのはいうまでもありません。体温が1℃下がっても、新陳代謝の機能は大きく低下するといわれています。
 その新陳代謝の過程では、さまざまな構造をもつ体内物質が介在して、複雑な相互作用(機能)が続けられているのは事実ですが、構造があるから機能が生じるのではなく、新陳代謝を持続するために最適の体内物質の構造が、十全の守護の理によって創り出されるのが順序なのです。>

 
 最近のテーマ「平穏な死」との関係について申せば、教祖を通して説き聞かされた「十全の守護の理」の教理は、全く新しい観点から生死の問題を考える出発点となる。
 尊厳死は自分の意思と人権を主張することから出発しているが、私たちの出発点は異なっている。すなわち、生死は自分の意思や権利ではなく、生死を天地自然(神)の意思に委ねたいと願うのが私たちの出発点である。いかに科学が進歩しても、生命の種というべきいかなる細胞も人間の力では創造できないことを前提としている。
 10年前には日本国内では未だガンの告知やインフォームドコンセントや延命治療について本人の意志は圏外に置かれていたが、今では本人や家族の意志を尊重する方向に進んでいる。というより、権威ある第三者に生の終りを任せるのではなく、自分の意思を表明した文書によって、個々に死の迎え方を選ぶことが必要となる時代が到来しているといえるだろう。
 世の中に生命保険の商品は各種あるが、「生命」と名づけられているものの、その目的は、死後の家族に対する経済的保障にある。とすれば「平穏な死を願う」意思表示は、生死のはざまでの精神的・肉体的な保障を目的としている。しかも病気や不慮の死の準備ではなく、天寿を全うして平穏な死を迎えるための準備に他ならない。
 私の手許には図書館や通信販売で入手した尊厳死や延命治療関連の資料を5、6冊積み上げて、研究に集中している。その前提として、教理的な根拠について考えてみた次第だが、もし分かり難い場合は、遠慮なく質問あるいはコメントを頂きたい。
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