ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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息を引き取るご守護の妨害=介護と医療のはざまで

 数日前の深夜、ふと目が覚めたので、手を伸ばしてラジオをつけてみた。いつものようにNHKラジオ深夜便の放送中であった。たまたまその晩は、<高齢者の”看取り”と向き合う=特別養護老人施設・常勤医 石飛幸三氏>のインタビューが始まっていた。
 自分にとって介護は他人事と思いながら聞いていたが、そのうちに石飛医師の深刻な話に眠るどころではなくなった。これは無神論どころではない、反神論というべき生死に関わる大問題ではないかと思った。というのは、介護施設に入っている80代から90代の、殆ど認知症の高齢者(女性が大半)は、老衰で人生の幕を閉じる時、自然に平穏な死を迎えられない現実があるというのである。
 その主な原因は、介護と医療を分断するタテ割り行政にあるという。つまり、特別養護老人ホームをはじめとする介護老人施設には、高齢とともに認知症になり家族では世話できなくなった人々が入所して、人生の最後を迎えることになる。それらの施設では、介護保険の等級に応じてヘルパーなどの専門職員が世話取りしている。
 入所している高齢者は、自然の成り行きで年とともに老衰状態となる。新陳代謝が衰え、身体が食べものを受けつけなくなる。ついには飲食物が口から喉を通らなくなる。内臓の機能が衰えを見せはじめる。人間は誰一人として最後に死を迎えない者はない。
 
 しかし介護施設としては、そのまま黙って放置することはできない。その高齢者を協力関係にある病院に搬送する。そこからは医療施設の出番になる。
 介護と医療は別の法律で規制されていて、医療施設では、年齢に関係なく医療行為を施すことが目的となる。たとえ一日でも生命を維持できる治療を怠れば殺人罪に問われる恐れがある。そこで生命の灯が消えかけている90歳以上どころか100歳に近い高齢者でも「胃ろう」という手術を施される。腹部にチューブを差し込んで直接 胃に流動食を流し込む療法である。
 病院は生命を維持するための医療を施すのが役目だから法律に従ったまでで、老衰し切った患者は「胃ろう」手術を施されて介護施設に戻ってくる。もともと身体が自然に食べものを必要としなくなり、胃腸のはたらきが衰えたため口から食べられなくなったのだから、栄養物を強制的に腹部からチューブで注入された場合、胃から食道へ逆流して気管が詰まり、苦しんだ末に窒息死する結果になる。
 
 そうでなくても今の日本人の80%は病院で死を迎え、その直前には延命措置のために口や鼻など穴という穴にチューブを差し込まれ、莫大な医療費を使ったあげくでなければ死を迎えることはできない。何というムダだろうか。否、ムダだけなら目をつぶるとしても、神様から息を引き取るご守護を頂いて「かりもの」の身体をお返しし、安らかな死を迎える代わりに、顔が変色するほどの苦しみを与えられた上に家族に高額医療費の負担を残して、ようやくこの世を去ることになる。まさに人工の医療技術による神の守護への反逆、妨害行為でなくして何であろう。
 
 一般に介護施設には常勤の医師はいないのだが、石飛医師は数年前から、百名に近い入所者を抱える特別養護老人施設の常勤となって、介護と医療のはざまで自然な死を妨害されている実態をつぶさに体験することになる。懸命に介護するヘルパーの姿に感動を覚えるとともに、医師は生命を維持するだけでなく、安らかな死を支える役目があることを痛感する。
 ところが、介護と医療は別々の施設で行われ、しかも法律が異なり、さらにタテ割り行政のために、死に直面する高齢者本人が、安らかな死を迎えられない被害者になっている。
 石飛医師は、生死に関わる重大問題を避けることはできないと主張している。誰もが必ず自分の死を迎えるのに、なるべく死を避けて、死について考えようとしない。いずれは自分の家族、そして自分に振りかかってくるとすれば、上記のような矛盾や浪費をいつまでも放置することはできない。──石飛医師のそうした真剣な思いを込めて書かれた著書がある。
「平穏死」のすすめ =口から食べられなくなったらどうしますか」
 
 生も死もすべて神のご守護と教えられているようぼくとして、神の守護を妨害するような現実に対して、組織的に改善運動を起こすことが真の「においがけ」になるに違いない。「かしもの・かりもの」の理が未だ世間一般に知られていない現在、「息を引き取る守護の理」を広める最適の機会となることを願いたい。
 ネットで検索すると、末期医療に異を唱える運動として「日本尊厳死協会」がある。自分の死を自分で選ぶ人権を尊重する見地から全国各地の支部と会員によって活動を続けている。その目的は、尊厳死を認める法律の制定にある。外国では、尊厳死はリビング・ウィルとして普及している。
「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」(平成19年5月策定)が、厚労省より各都道府県知事あてに通達されている。現状では、介護施設に入所していない場合でも、元気な時に自分の出直し方を先に決めておかないと、いざという時はすでに遅く、意思を表わすことができなくなる場合もあり得るだろう。

「憩の家」が病棟を新築する計画を具体化しつつある。他の病院と違ったスタンスで運営されているのなら、上記のようなケースにどのように対応しているのか、一ようぼくとして質問してみたい。そして私自身、教理に基づいて延命医療を拒否して「平穏死」を望む人々を「にをいがけ」する活動を具体的に進めたい。そのために必要な情報を集めて問題点を整理し、いずれブログで提案し、読者諸賢のご意見をお聞きしたいと思っている。
 なお私自身、末期医療に関して数年前に身近に体験した事例を<天刻サイト>に「心の日記」として報告しているので、参考にごらん下さることを期待している。
 
 
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とてもタイムリーな話題で驚いてます。私の近親者で最近「胃ろう」を施された人がいます。自力で食べることができなくなったからそうなったわけですが、先生の書いておられるとおり「息を引き取るご守護の妨害」ですよね。医療がこれほど進歩していなければ、またもしも他の国に住んでいたならば、こんなに簡単に「胃ろう」は施されなかったと思います。何人か身近で接したことがありますが皆さんつらそうに見えました。医療の進歩は確かに有り難い面も多々ありますが、逆もあり、ですね。リンク先も再度読ませて頂きましたが先生が以前メルマガで発信された「臓器移植について」の問題と同じで、教理に基づいてこれらを考え、問題を提起していくことが現代の日本に最適なにおいがけのひとつになるのでしょうね。「平穏死を望む人々をにおいがけする活動」、素晴らしいことだと思います。私自身も平穏死を望んでいますし他人事とは考えられません。ブログでの次の提案を楽しみにしております。
  • posted by らくだ 
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  • 2010.07/17 18:10分 
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今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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