ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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6月のミーティング報告

 6月25日午後1時30分からの月例の集いには17名の参加者があり、今までで一番賑やかな会合になった。茶菓は15名分しか用意していなかったので、当たらなかった方には失礼したが、熱心で多様な談論に満足して頂けたのではないかと思う。
 参加者の住所は、西は福岡から東は横浜まで、大阪、京都からも毎月顔を見せて下さっている。ただ、本来この集いの目的は「おさしづの勉強」にあり、その後みさとブログの読者によるオフ会のような気持ちで開いているので、ブログの読者以外の方々が多くなってきたことに戸惑いを感じている。といって、無下に参加をお断りすることもできないので、今後のあり方について再考する時期に来ているようだ。
 
 参加者の氏名やプライバシーに抵触する事項は公開するわけにいかないので報告できないが、数年前にアフリカのケニアへおたすけに行かれたお二人から、現地での奇跡的なおたすけ体験談をお聞きした。と同時に、アフリカと比べて日本の社会環境や教内事情との違いを痛感させられた。
 ケニアの現地人は例外なくキリスト教徒であり、神様があることは皆んな当然のように信じ切っている。が、キリスト教には「おさづけ」のような祈願はないから、ようぼくが病院へおたすけに出向くと、おさづけの取り次ぎを見た病人たちは、われもわれもと次々に祈願を求めて待ち望む状態になる。
 80歳になる現地人のおばあさんが、ヨロヨロしながら椅子に坐ったままでおさづけを取り次いで、「さあ、歩きなさい」と言ったとたん、サッと立ち上がって歩き出したご守護の実例は、特別に珍しいことではないという。
 
 当日の参加者のお一人が自ら体験した話の一つ。2ヵ月前にテンカンの発作で火が燃えている上に倒れ、腹部や手足に大ヤケドした現地人におさづけを取り次いだ──ヤケドした部分はドロドロになって入墨したような症状を呈していたが、そこへお息紙を貼り、真剣におさづけを取り次いだところ、その夜に血膿が流れ出て、5日目にはカサブタが全部はがれピンク色になっていた。しかし皮膚に全くシワがないので手を曲げることもできないので、その手に再びおさづけを取り次いだところ、見る見る皮膚に血が通ってきて細かなシワが出来ていくのをこの目で確かめることができた。そのシワのおかげで指が曲がるようになった。その現場を、もう一人の参加者が側で一緒に見ていたから間違いないと証言された。
 
 もう一つの実例──ケニアには姨捨山(おばすてやま)のような山麓があって、そこでは老婆たちが一軒家に住みついている。食糧はカチカチのトウモロコシで、歯のない老人には食べるのも難しい。風呂も下着もない状態。そこへ訪ねて行くと、膝頭に大きなイボのような腫瘍ができた老婆がいたのでおさづけを取り次がせて頂いた。翌日には膝の腫瘍が小さくなって歩けるようにご守護頂いていた。
 
 そうした奇蹟的ともいえるおたすけ体験を聞きながら、私は明治の頃の日本にも同じような状況があったのではないかと思った。当時の日本では、現在のケニアに似て、科学的な医療技術は進歩普及せず医療費を支払う余裕もなかったから、一般大衆は神霊にすがる他にたすかる道はなかった。
 救済を求める難渋な病人の望みに応えて、おたすけ人も無私無欲になって、何とか救いたい一条の神様と同じ次元の心境になり切っておさづけを取り次ぐ瞬間、高次元の波長と共鳴同調して、理のはたらきを受けることができるのではないか。
 しかし現在の日本人は、高度の医療を保険で安価に受けることができる状態にあり、病人自身も目に見えない神霊より科学的な医薬の治療にたよる気持ちが強い状況では、もはやケニアの現地人や明治時代のような素朴な心情は失われている。
 また、ケニアなどのアフリカ諸国では、先進国で多用されている化学物質に汚染されていない分、自然治癒力が高いのではないか、との考え方もあるようだ。
 
 一方おさづけの取次人も、一回のおさづけでヤケドや腫瘍やガンなどが治癒することを信じ切れないまま取り次いでいる場合があるのではないか。これは他人事ではなく、私自身も末期ガンの消滅や脳卒中による手足のマヒのご守護をお願いしておさづけするのはムリな願いではないかと思いたくなるのをどう仕様もなかった。
 今では私は、どのような身上であれ、少なくともおさづけを取り次いでいる3分間だけは、無心になって神一条のレベルになり切る心境に徹したいと願っている。
 
 見方を変えれば、身上たすけのおさづけだけがこの道の目的や救済ではないと言えるのではないだろうか。今の日本では病気を神様のおかげで治してほしいという願望を抱いている人は少ないし、その願望を満足させることだけで心の成人はできない。むしろ病気にならないよう、心身ともにいつまでも健康を増進する生き方を広めることもようぼくの大事な役目ではないかと思う。
 最後になったが、このブログに掲載した「おやしき変遷史料」の図版コピーを持参して参加者の方々に配布し、説明を聞いて頂いた。せめてお道の原点に立ち返ることの大切さを確認したかったからでもある。
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今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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