ブログ<原典からの出発>(since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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12/25月例会報告=古くて新しいテーマのねり合い

 年末が近づく12月例会の参加者は13名に止まった。会場には15人分の椅子しかないので、足りない場合は補助椅子を借りるのだが、その必要はなかった。参加人数は少なくても、全国に散在する教会や「ようぼく」がネット情報を読んでくださることを期待している。
 年末という事情もあり報告をまとめるのが遅れたが、正月にでもゆっくり目を通してもらえたら有難い。
 いつもは原典「おさしづ」拝読から始めるのだが、今月は準備不足もあって予定を変えた。というのは、先月11月の系統月次祭後の神殿講話に当たっていたので30分の役目を果たした。その要約が「大教会報12月号」に載ったので、参考までに配布資料として役立てることにしたい。今月のテーマ(来年の教内外情勢予測)にも少々関係があるので、そのコピーファイルをリンクしますので、時間の余裕あるときに目を通してくださることを期待する次第です。
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/blomaga/sindenkouwa.pdf

 初めに参加メンバーから、教祖の立場は「天啓」か「啓示」か、どちらに当たるのかと質問が出された。言い換えると、教祖は「神がかり」といわれるように天から神言が降りてくる天啓現象なのか、体内に神が入り込んで言葉を発する啓示の状態になられたのか、という意味になる。「おふでさき」七号37に、
 月日よりたいないよりも入こんで
 ぢうよぢざいをみなしてみせる

 とあるように原典「おふでさき」には他にも「たいない」(体内または胎内)の語が13回にわたって記されている。ということは、教祖を「月日の社」と見定めた神は、まさに中山みきの体内を社として入り込まれたのであり、明治以前の日本人(だけでなく全人類)が過去に信じていた「神」つまり天上の彼方や山・森・磐・社などに鎮座している「神」ではないのであった。もちろん「月日」と呼ぶからには天上(あるいは大自然)にも神が実在することは当然であるとしても、生命ある限り神はすべての人の体内に分け隔てなく入り込んで守護されている真実を教祖から直々教えられた明治初期の信者たちは、わが体内に神が入り込んで守護されている有難さに感激し、その証拠として難病を助けられ布教に奔走したことは、添付した「神殿講話」の中でも話している。
 それ故に教祖の場合、あえて「天啓」と「啓示」を区別する必要はなく、すべての人間は常に体内に入り込んで守護されている神から無言の「啓示」(知らせ)を受けていると言えるであろう。

 教祖と違って「先の見えない人間」としては、来年の予測よりも過去と現実に問題意識が集まるのはどうしようもない。この日の例会でも、もっとも切実な「いんねん」が話題になった。
「元のいんねん」から言えば人間みんな「同じ魂」に違いないとしても、現実に一人ひとり個人の「いんねん」が違っているので世の中に多様性があることは確かであろう。もし世の中に顔かたちも身長も性格もみな同じ人間が揃っていたら気持ち悪くて逃げ出したくなるにちがいない。
 事実、体内の遺伝子は個人によって皆ちがっているから多様性が発生する。遺伝子を体の「いんねん」と言い換えることもできる。必然的に体が遺伝子を親から受け継いでいるのならば、心も生まれつき人それぞれに違っているのが当然である。千差万別の生命の「種」からあらゆる生物が成育するように、元は親神から分与された心の種(魂)が生まれ替わりを経て千差万別の個性や特性に分かれていくのであろう。原典「おさしづ」にも次のような啓示がある。
「しようと思うて成るのやない、しょうまいと思うても成ってくるのが、いんねんの理と言う」(明治27・5・31)
「一つの心たんのうの理を治めるが前生いんねんのさんげとも言う」(補遺:明治27・8・3)

 対話の途中でフランス人は「いんねん」の話を喜んで受け容れるとの話(本部のフランス事務所長を長年勤めていた先生の話)が紹介された。なるほどキリスト教から個別の「いんねん」ではなく全人類の「原罪」を教え込まれてきた西欧人にとって、無差別の原罪ではなく個々に違いがあると聞いたら解放された気分になるのかもしれない。
いずれにしても「いんねん」は本人が自覚するかどうかの問題であり、第三者にどうこう指摘したり批判したりする権利はない。しかも運命と諦めるのではなく、実行によって切り換えていくべき課題として受け止めるのがわれわれ「ようぼく」の生き方となる。

 当日は岩井顧問から未来に関する資料配布と重要な問題提起があった。
 その資料とは、今から凡そ半世紀前の1967(昭和42)年発行の「陽気2月号」に国際情勢を分析した岩井氏の小論が掲載され、その内容の要約が紹介されている国内唯一の宗教界情報新聞「中外日報」の切抜きコピーであった。コピーが古くて汚れているので添付しても読めないが、岩井氏による小論の主旨は、自由主義と社会主義の両陣営の対立は、財産の私有と共有のどちらを認めるかの対立であるが、もともとこの世の物質も生命も一切が神の「かしもの・かりもの」とする教理を元とすれば一切の「所有」はあり得ないことになる。
 囲み記事のタイトルは<原水爆も親神様の「かしもの」?>となっていて、この世の天地人一切は神の「かしもの・かりもの」と教えられる教理が紹介されている。最後に記事は以下のようにまとめられている。
<今日、世界が思想的に二分して対決し、恐るべき一つの時代の終末さえ案じられている時、正にその思想的対決の争点について「世界最後の教え」としてすでに百数十年以前より、この「かしもの・かりもの」の理を準備して下された親神様の深い思わくに今更のように驚いた筆者(岩井氏)は、この世界の危機の問題に真剣に取り組むなら「匂いがけ」の上にあたらしい視野と活動分野がひらけるはずだと説いている(N)>
 たしかに天然自然にある物質は人間の「所有」か否かの疑問は古くして新しい問題提起に違いない。その矛盾を福島原発の大事故として見せられているのではないか。原発は自然に埋蔵されている放射性物質を人間が掘り起こして製造し、企業の所有物としながら一旦爆発すれば処理が難しい。「所有」の問題は、昔も今もつねに新しい未解決の課題として残されている。世紀を超越した岩井氏の問題提起は、今もこれからも取り組むべき根本的な課題にちがいない。
 なお、上記小論の原文は岩井氏自身が管理人となっているサイトに抄録されている。解説を含めて原文が下記のリンクから表示されるので、ぜひアクセスして論旨を確認されることをおすすめしたい。
岩井 猛「自由か、平等か、決着がつかぬ永遠の課題」
    「二大陣営の対立と天理教」
 http://www.geocities.jp/kokugen3625/jiyu-byodo.html
   
 現実の国際情勢に戻れば、トランプ米大統領の当選、プーチン大統領の来日、台湾をめぐる米中の軋轢(アツレキ)に際して、日本の安倍首相は右往左往して落ち着かない様子で、主役を演じられない状態だ。米ロの対立は少々落ち着いたようだが、イスラエルやユダヤ資本がどんな策謀を隠しているかもわからない。とにかく10年に一度は戦争を起こさないと武器が余って困る勢力が何を企むかわからない。
 しかし仮に核兵器が投下されて放射能に晒されても「天の与え」というべ「万能酵母液」があるかぎり心配する必要はない。そう言えば根拠のない希望と誤解されかねないが、そうではない。
 ビールは大麦の酵母菌を発酵させて造るのだが、その搾りカスを固めた錠剤が昭和3年から発売されている「エビオス」で、胃腸薬として今も薬局に並べられて安価に販売されている。この「エビオス錠」が玄米酵母液と同様に胃腸に即効があると同時に体内の放射能を排除する作用もあることが、すでに10年も前に国立放射線医学研究所で実証され論文も公表されている。
 大麦のビール酵母菌でさえ効能があるのだから、玄米を最高度に発酵させた酵母液が放射能防止のため役に立たないはずはない。だから「信じる者は救われる」ことを断言したい。
 最後にとんでもない未来の仮定に脱線したが、これで今月の報告を終りたい。
 みなさん、佳き新年を迎えてください。


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認知症についての悟りを拝読しました。 

血管は血液が流れる管ですから、やはり「ぬくみ」のご守護が欠けているのかもしれません。
「認知症」という病名にも深い意味があることを思案することが必要ですね。
来年もよろしく、おつきあいの程お願いします。
  • posted by みさと 
  • URL 
  • 2016.12/31 13:49分 
  • [Edit]
  • [Res]

ありがとうございました 

先生、またブログでのテーマと関係ないコメントをどうかお許しください。

月次祭の神殿講話を読ませていただきました。
『いくら寿命が延びて「百十五歳定命」に近づいても「病まず弱らず」てなければ値打ちはありません。それではどういう生き方をすれば良いかというと、やはり心の掃除が大事です。また血管の掃除も大事です。血管が汚れて詰まったら障害の原因になるからです。』『認知症だけでも五百万もいるそうです。』
仰る通りです。
認知症になった本人自身も辛く、その家庭も地獄です。寿命が延びる事で不幸になる世の中。

ある方の認知症のお諭しで、『認知症は「脳に血液、血液の栄養が行かなくなって」起きた、後天的脳の機能障害と言うこと 。お諭しは、「脳の理」で諭すより、「血液の理」で諭し、「虚血」が、「脳の機能を破壊する」。 血液は「面足命」様、日様。温み。母親。 それが「虚」であるという事。
「病名」から思案しますと、「認知において、病んでいる」と言う病名です。 親が子を認知する、そういう時に使う言葉です。 認めてやる認めてやら無いという、そういう事情が根にある事が「認知の事情」です。』

認知症のすべての人に当てはまるかどうか分かりませんが、関わった人には当てはまっていました。親に対する(特にこの場合は、母親に対する)思いやり。そして子に対する認めてやるという心が欠けていての身上。内だけでなく、そこには一列兄弟としての分け隔てなく、思いやり、相手を認める。そういった姿勢が、しいては国家間の争いが無くなり、戦争もある意味、親神様のすべての人に対する温みを詰まらす血管障害なのかも知れませんね。

今年はどうもありがとうございました。良い年をお迎え下さい。
  • posted by 通りすがり 
  • URL 
  • 2016.12/30 23:45分 
  • [Edit]
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