ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

Entries

7/25月例会報告

歴史から学ばなければ未来へ前進できない
(追記)下記本文の原典おさしづを引用した箇所でルビ付の漢字が3ヵ所抜けていました。訂正しておわびします。

 こどもおぢばがえりを間近にした25日、今月は17名(うち女性1名)の参加者があった。
 広島と長崎が出身地で被爆者の遺族にあたる参加者二人の間で、先頃のオバマ大統領の広島訪問の際に謝罪の言葉がなかった点について是非の議論が始まった。いずれにせよ初めての米国大統領の弔問は遺族にとって大きな事件に違いない。原爆投下によって戦争終結が早まったことは事実にせよ、繰り返して2回も投下する必要があったのか疑問は残っている。原爆の被曝者や遺族の心情とそれ以外の国民の気持ちに隔たりがあることは事実であり、今のところ戦争で原爆を投下された唯一の国である日本が戦後70年を経て一度も戦争に加担していないことも事実である。いずれにせよ、米国の大統領の広島弔問は歴史的イベントであった。とすれば長崎へなぜ行かなかったのか疑問は残るが。

 それから話題は7月10日に行なわれた参院選挙になったが、奈良県地方区の場合、ようぼく現職議員の前川候補(民進党・弁護士)が落選したことは地元の天理市に住む者として情けない結果であった。たまたま前川候補の選挙秘書として応援していた知人が参加していて、いろいろ内情を聞く機会となった。前川氏は先祖代々の信仰者であり教会と縁の深い方だっただけに残念だが、おそらく与党であった当時の民主党の失政も今回の選挙に影響しているにちがいない。

「刻限さしづの拝読」のテーマでは、明治34年の日露戦争当時から昭和20年の太平洋戦争終結に至るまでの歴史の動きを啓示された「刻限さしづ」の実例を紹介した。その実例は他でもない4年前の『中山みき:秘められた大預言』(学研刊)第三章「善と悪とはみな現われる」(138~143頁)に明記してある通りで、未読の方のために要点を紹介したい(当日はコピーを配布した) 

▼日露戦争から太平洋戦争へ
 明治三十七年二月十日に始まった日露戦争は、満州・朝鮮の支配権をめぐるロシアとの戦争であった。日本海海戦でようやく勝利を収めたものの、戦争中に国民は、重税・物価騰貴や家族の中から多くの戦死者・戦傷者を出すなど多大の犠牲を払い、賠償金のない講和条約を結んだ政府に不満を爆発させた。日露戦争中の「おさしづ」には、こうした内外の矛盾と不安が、のちには日支事変を生み、太平洋戦争へと拡大していく道筋が明らかに暗示されている。
「敵と言うて睨み合い〳〵という。一時の処旨いように思う。旨い事やない。何でも彼でもという。これまで諭し置いたる理は、仮名な柔らかい中に、要(かなめ)々の言葉諭してある。……大き事すっきり、これではどうもならんという処まで行ってみよ。これではならんという処まで行かにゃ、分からせんで」(明治37.8.23)
「この世一つ始まりてから、一つ全国において大変々々の理、大変というは五年十年二十年やない。これまでだん〳〵諭したる。ようようの日どうもならん日に及んだる。道は六十年以来から始め掛けたる。皆諭し詰めたる。残念々々現れたら、どうもならん日になる、と諭したる」(明治37.12.16)
 一方、すでに明治二十年代の初めから、道の事情や側なる人々の伺いに際して、大掃除の刻限とともに希望の夜明けの到来を暗示されている「おさしづ」が繰り返し出ている。その幾つかの例を次に挙げると、(傍線は筆者による)
「十分道と言えば、世界から付けに来る。世界からろくぢという道を付き来る。 濁った〳〵道でどうもならん」(明治21.3.9)
「扉を開いて、世界をろくぢに踏み均らすと言うてある。扉を開いて、世界をろくぢに踏み均しに出て居る。なれども皆んな、案じてどんならん」(明治21.7.1)

「こちらが妨害、あちらが邪魔になる処は、皆神が引き払うて了うで」(明治21.12.12)

「長らくやないで〳〵。そこで世界の道理上の理を以て、世界どんな事でも、皆んなどんな事をしてもよいように成るで。暫くの処やで」(明治22.6.-)

「高い所はすっきり取って了う。すれば低い所は均(な)れるであろう。変な話と思うやろう。世界すっきり均す」(明治23.9.2)
「これから先は自由の道を付ける。……さあ思わく通りの道にする」(明治23.9.11)
「日が経つ月が経つ。ほんに早かったなあと言う日がある。前々ほのかにさしづも聞いたなあ、さしづ通りに成りたなあと言う」(明治29.12.18)
「何程高い所に居ても、何時落ちるやら分からん。一夜の間にも、どういう事出けるやら分からん。どんな事出けても、神の恨みとは思うてくれなよ」(明治31.12.30)
「もうかなわんかいなあと、隅から隅まで涙を流し、涙を流すは一日の日と言うたる」(明治36.5.29)
                               
▼第三の刻限到来
 過去の歴史において、さしづの預言通り神の残念が、「谷底」の民衆をままにしてきた「上・高山」の崩壊・終末の刻限となって現れた「一日の日」こそは、昭和二十年八月十五日の敗戦の日であったことは誰も否定できないであろう。それは、天保九年十月二十六日の天啓、50年後の明治二十年一月二十六日の昇天に続く「第三の刻限」であった。
 戦後の大変革は「世界の道理上の理を以て」(明治22・6ー)──すなわち、アメリカの民主主義的原理によって実現された。記憶を新たにして頂くために、その実例を並べてみると、
1、日本軍隊の解体、戦犯逮捕、政治犯釈放、軍国主義指導者の公職追放
2.農地解放──不在地主の所有地や小作地の強制買上げと分譲
3.完全な男女同権、教育の自由化
  財閥の解体──産業の民主化
  労働組合法の制定──雇用・労使関係を民主化
4.天皇の人間宣言、華族廃止
5.新憲法制定──基本的人権の確立、男女同権、平和と非武装
6.信教・思想の自由、言論・出版の自由
7.中国・朝鮮の解放・独立
8、アジアにおける植民地の民族独立への道あけ

 敗戦という刻限によるこれらの民主化・自由化こそは、世界をろくぢ(平地)に踏み均し、人間はみな一れつ兄弟として「互い立て合いたすけ合い」を望まれている神意の実現に他ならなかった。
 しかし、その立て替えは、外から「律」として与えられた「外の大掃除」であった。その「律」に魂を入れ「心の大掃除」を仕遂げるための神一条の心定めを、親神は道のようぼく(人材)に期待され、委ねられたのであった。
 明治以来「上・高山」の宗教・思想統制や迫害・干渉がつづく困難な時代を通らざるを得なかった故に、親神は一時の応法の道をつけ、やむを得ず見許して連れて通られたのであり、昭和二十年を刻限とする外の大掃除によって妨害や邪魔になる権力を取り払い、泥水をすっきり流して「自由の道」をつけられたのである。それより現在に至るまで、神一条の理にもとづく心の大掃除、心のふしんがどれだけ進められただろうか。
 大掃除の刻限を意味する「一日の日」は、決して過去の敗戦の日に限られるわけではない。再び神の残念が積み重なり、合図立て合いが出たならば、「見えん先から」の預言の中で未だ見えていないこと、これから見えてくるであろうことが、刻限さしづの中には数々埋もれている。「刻限はいつとも言わん」との啓示によっても、大掃除は一回限りの限定された日とはいえないのだ。

「さあ〳〵怖わや恐ろしやと、前々諭してある。一日の日と言うてある。一日の日は一代と取れ。一代の道にはいかなる道もある。すっきり洗い替える」(明治22.2.23)
「一日の日」とは「刻限」を意味することは前述したが、「一代」の年数から推測すると、ここ数年は特に重大な刻限が到来するに違いないと悟ることもできる。
「一日の日というは大きい話、前々より諭したる。どんな道があってもおめ恐れるやないで。これまでにも諭してある。内々胸の思やん(案)が第一」(明治24.5.18)
「さあさあもうこれ一日の日を、だんだん追い詰めてある。日柄もまず無い。又一つ天災という事情も聞き分けにゃならん。掃除は、万事の処に心を治めてくれ。掃除々々天災一つの理は計られん」(明治25.12.5)
「国の一つ事情も、道の事情も同じ理。皆何でも彼でもという心あっても、どれだけしても、理が無くばどうもならん。一日の日がある。越し難い。飲むに飲まれん。行き着かにゃならんで。これよう思やん定めて、一つの心に定めてくれ。聞いて心に治まってなくば、一日の日が通り難くい」(明治38.5.11)

 以上、たいへん長い引用になったが「刻限の理」を具体的に理解するためには是非とも必要な解説なので、そのつもりで受け取っていただきたい。キリスト教の歴史神学は重要な研究テーマであるが、天理教の教義学では全く脱落している。上記の原典おさしづを拝読すれば、明治20年から昭和20年にかけての60年間の歴史が「神の目」にはみな見えていたことが理解できるはずである。
 ただし、これらの歴史事情も文字通り「一日」で現実になったわけではなく、最初のきっかけが数年の経過を辿って具体化されたわけである。例えば昭和20年8月15日は確かに敗戦の日に違いないが、戦後の大変革はその後の数年かけて実現されたのであった。
 現在の日本の政治家とくに安倍内閣は、以上の歴史的な経過に全く無知無関心であることを一言つけ加えておきたい。それは教内指導層にも当てはまる実情であることは間違いない。歴史から学ばない者は、未来に向けて前向きに一歩も足を踏み出せないであろう。
 今年6月24日(日本時間)に現実となった英国の国民投票の結果によるEU離脱の決定にしても、その影響は直ちには現実となっていないが、いずれ世界的な混乱による乱世と体制崩壊のきっかけになると予想されている。

 話題は自然に社会福祉問題に移り、そこで天理市内に林立する信者詰所が26日前後を除いて開店休業状態になり赤字を抱えている現状に対して、各種の福祉施設とりわけ介護施設として活用する道は拓けないのかとの疑問が話題になった。まず率先して介護施設に変身する詰所が名乗り出ることを期待したいとの声もあった。
 もしイスラムの難民が日本に押し寄せてくれば、何処よりも天理市内の詰所を占拠することが予想される。事実かつての戦時中は日本帝国海軍の予科練宿舎として強制的に撤収されたことがあった。天理市で訓練を受けた数千名の予科練生はその後、特攻隊員として20歳にも満たない命を大空に散らしたのであった。
 いずれ大掃除の刻限のあとは、この世から完全に所有権がなくなる日が到来し、すべてが神の所有に帰すれば詰所も最適の目的に利用されることになるだろう、との岩井顧問の発言もあった。

 終了時間が近づくにつれて参加者がグループに分かれてお互い共通の話題で話し合いが始まり、午後5時ギリギリまで自主的なねり合いが続いた。そうしたねり合いも月に一度の発散の場としてムダにはならないと受け取っている。



関連記事
スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

植田義弘

Author:植田義弘
今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

『天の言葉』ダウンロード無料

『原典を元とする理の研究』から教義の基本となる序章と第一章を抜粋してまとめたpdfファイル(37頁分)を無料提供します。

ダウンロードを希望される方は下記アドレス宛にメールくだされば、折返し添付ファイルを返信します。genten505@gmail.com

ブロマガ<原典からの出発>

紹介文:このたび特定の読者のために電子書籍およびPDFファイル等を提供する企画を進めています。いずれも原典を元とする非公開の資料ばかりです。
今後の文書活動資金に役立てるため有料としますが、ご理解ご協力の程よろしくお願いします。

ブロマガ記事一覧

購入したコンテンツは、期限なしに閲覧いただけます。

(購読手続きは FC2 に無料登録して購読ご希望の資料ごとにメールアドレスとパスワードを記入するだけで個人情報は不要です)

FC2カウンター

最新更新した記事

アルバム