ブログ<原典からの出発>(since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

Entries

「理」とはなにか(その1)

「神の理」「人間の理」

「おさづけ」を拝戴した後で拝受する「おかきさげ」には800字足らずの神示の中で「理」という言葉が30回ほど使われている。まさにこの道は「理の道」にちがいない。それ故にこそ真実の「神の理」と得手勝手な「人間の理」を混同したりアイマイに受け取ったりすることがあってはならない。
 そこで、今まで原典を元として私が理解し悟得してきた「理」の真意を改めて整理して提出するのもムダではないと思う。その基礎資料としては、およそ40年前に編述した手書き資料「第一部:天の言葉」の初めに 序章「理」とはなにか と題してくわしく記述した内容が今でも基本となる。それから40年を経た今も、その時以上の文章は書けないので、序章だけここに転写することを了解ねがいたい。最も基礎となる神意がこもっているので、ぜひ一読してくださることを期待している。その他にも、これからは「理」の本質に関わる問題を連載し、徹底的に追究することを一つの目標としたい。

序章「理」とはなにか

 教祖八十年祭を期して『おさしづ』全七巻が公刊され全教会に配布されましたことは、二代真柱様畢生(ひっせい)の大事業であり、本教の歴史にとってまことに意義深いことでありました。
 しかしながら、以後10年を経た今日、おさしづの研究は盛んとは言い難く、質量ともに比類のない啓示の全容が十分に受け取られることなく埋もれたままになっている現状を思いますとき、親神様・教祖はもとより、本席飯降伊蔵様、二代真柱様に対して、まことに申し訳ないことであります。

「何ぼ諭した神のさしづ、皆んなあちらへ映るこちらへ映る。勝手の悪いさしづは埋もって、こんな事では一分の日、難しいなる。迫って来る」(M31.9.30)

 教祖百年祭という重大な時旬、「白紙に戻り一から始める」と諭達第三号に示されている立て替えの時旬を3年後に迎えようとする今日、一日も早く神意を正しく悟ることを急き込まれていると痛感しないではいられません。
 現(三代)真柱様は事にふれて「教義の元は原典による」ことを明示され「神一条の判断基準」が大切であることを強調されています。

「互い/\知らし合い、互い/\の研究諭し合い道という」      
                       (M24.11.25)
「さしづというはこれまであれこれさしづしてある。なれど反故(ほうぐ=紙切れ)同様。一つ緩む二つ緩む。だん/\世界聞き分け。相当なるさしづ選り分けてくれ。選り分けてくれ。だん/\それこれ選り集めるなら、一つ理から自由(じゅうよう)とさしづしておこう」(M30.2.25)

「互いに遠慮は要らん。遠慮は追(つい)しょうになる。追しょうは嘘になる。嘘に追しょうは大ぼこりの台」(M31.5.9)

 おさしづの収録に当たっては、でき得る限り普遍的な「理」を諭されているお言葉を選び分けました。但し、索引や事典をつくることが目的ではなく、教理の根本を便宜上六部に大別してそれぞれの項目に含まれるおさしづの全体を通して、おのずから神意を悟ることができるように配慮しました。

 原典のない時代
 もとよりおさしづは、飯降伊蔵本席に親神様・教祖が入り込まれ、存命同様の理によって神意を啓示されたものであり、明治20年から同40年に至る20年間の道と世界の事情に対する刻限々々のお言葉、および個人や教会および本部中枢の身上事情についての伺いさしづの筆録であります。したがって、当時の道と世界の歴史事情を一応心に置きながら拝読することが神意を正しく受け取らせていただく上に必要となります。
 明治時代の情勢については第二章でもふれますが、親神の教えを差し止め、偏狭な主義・思想を国民に強制して富国強兵を推し進めた当時の「上・高山」の政策が天の理に適うはずはなく、いずれ破局を迎えることはおさしづの中で繰り返し預言されています。その結果が昭和20年の敗戦となってあらわれ、さまざまな政治的干渉による足かせが一夜の間に乗り除かれることになりました。
 一方、そうした時代の激動の中で教祖が定命を25年縮められて姿をかくされたのち、応法の道は神道本局の直轄教会として認可され、急速に伸びてゆきました。因みに内務省秘密訓令が発令された明治29年、教祖昇天後10年目の年末における教勢一覧(「みちのとも」による)では、信徒数313万7千113人、教師数1万9千061人、分教会17、支教会185、出張所484、布教所392ヵ所を数えています。(当時の人口推計=明治31年度4376万人)
 こうした教会の設立、信徒数の飛躍的な発展と並行して、おさしづではつねに神一条の道と応法の道を見分けられ、一時の「学びの道」「神一条よりは万分の一の道」である自覚を促され、人間心に流れ世上の理に流れること厳しく戒められているのです。

「あちらこちら眺め、義理を思うからどうもならん。神一条の理と人間と/\の理をよう聞き分け。人間の理を病んで神の理を欠いてはならんという」(M28.9.15)

「国の一つ事情も、道の事情も同じ理。・・・皆何でも彼でもという心あっても、どれだけしても、理が無くばどうもならん。一日の日がある。越し難くい。飲むに飲まれん。行き付かにゃならんで。これよう思やん定めて、一つの心に治めてくれ。聞いて心に治まってなくば、一日の日が通り難くい。又一つ、何から何まで皆々談じ、皆々心に、どれがよかろうこれがよかろうと、一つ理を治めれば、何も言う事無い。神の道望み、神直ぐ一つの道に、横道通るからどうもならん」(M38.5.11)
(注)ここで「一日の日」「一つの心」「一つの道」など、「一つの」がついている語句は、「重大な」「根本の」刻限を意味しています。「元初まりの」と言い換えることもできます。

 いずれにせよ敗戦によってあらゆる足かせから解き放たれて自由の往還道になって以来、(現時点で)70年を経た今日、名実ともに原典にもとづく神一条の道に近づかなければならないことは、すべてのよふぼくたる者の責任であります。そのためには、まず原典に啓示されている「理」とはなにかをしっかり思案し、神一条の理を胸に治めることから出発する以外に、をやの思いに近づく道はないでありましょう。(次回につづく)

関連記事
スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

植田義弘

Author:植田義弘
今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

『天の言葉』ダウンロード無料

『原典を元とする理の研究』から教義の基本となる序章と第一章を抜粋してまとめたpdfファイル(37頁分)を無料提供します。

ダウンロードを希望される方は下記アドレス宛にメールくだされば、折返し添付ファイルを返信します。genten505@gmail.com

ブロマガ<原典からの出発>

紹介文:このたび特定の読者のために電子書籍およびPDFファイル等を提供する企画を進めています。いずれも原典を元とする非公開の資料ばかりです。
今後の文書活動資金に役立てるため有料としますが、ご理解ご協力の程よろしくお願いします。

ブロマガ記事一覧

購入したコンテンツは、期限なしに閲覧いただけます。

(購読手続きは FC2 に無料登録して購読ご希望の資料ごとにメールアドレスとパスワードを記入するだけで個人情報は不要です)

FC2カウンター

最新更新した記事

最新記事

最新記事

最新記事

プロフィール

植田義弘

Author:植田義弘
今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

フリーエリア

フリーエリア

daiyogen.jpg

右サイドメニュー

検索フォーム

最新刊のお知らせ

*カラーチラシと挨拶文をリンクからごらん下さい。

QRコード

QRコード

ご案内

画面をクリックしてくだされば詳しい案内が出ます。

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

最新記事