ブログ<原典からの出発>(since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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戦死を賛美する軍歌

 私が尊敬してやまない知己の橋本左内氏に『国民学校一年生』という著書がある。橋本氏は同志社大学院を卒業されたキリスト教牧師で、特定の教会に属さない自由な立場で「イエスとともに歩む会」を主宰されている。一度天理市に来訪された時には私がおぢば周辺を案内し、詰所で一夜を語り明かしたこともある。
 私より2つ年下の橋本氏は戦争末期には国民学校(今の小学校)6年生になっていたはずだが、上記の著書には当時の小学生がどのような教育を受けていたかが詳述されている。

 ここでは「軍歌」にしぼって、代表的な歌詞のいくつかを紹介したい。日中戦争が始まった昭和12年(1937)頃から大量に作られ歌われた軍歌は太平洋戦争の終結までに50曲にのぼっている。
   
   露営の歌(昭和12年)
1)勝って来るぞと 勇ましく   2)土も草木も 火と燃える
  ちかって故郷(くに)を出たからは  果てなき曠野 踏みわけて
  手柄たてずに 死なりょうか    進む日の丸 鉄かぶと
  進軍ラッパ 聴くたびに      馬のたてがみ なでながら
  まぶたに浮かぶ 旗の波      明日の命を 誰が知ろ

3)弾丸もタンクも 銃剣も    4)思えば今日の 戦いに
  しばし露営の 草まくら      朱(あけ)に染まってにっこりと
  夢に出て来た 父上に       笑って死んだ 戦友が
  死んで還れと 励まされ      天皇陛下万歳と
  さめてにらむは 敵の空      残した声が 忘らりょか

5)戦争(いくさ)する身は かねてから
  捨てる覚悟で いるものを
  鳴いてくれるな 草の虫
  東洋平和の ためならば
  なんで命が 惜しかろう

   同期の桜(昭和18年)    (中略)
1)貴様と俺とは同期の桜     5)貴様と俺とは同期の桜 
  同じ航空隊の庭に咲く       離れ離れに散ろうとも
  咲いた花なら散るのは覚悟     花の都の靖国神社
  みごと散りましょ国のため     庭の梢に咲いて会おう

 以上2つの歌をはじめ殆どの軍歌のメロディは私の頭に染みついている。ここでは「戦死」がくりかえし賛美され奨励されている。こうして戦場に駆り立てられた民衆は自分の「死」を最高の名誉と信じさせられたのであった。中でも極めつけは次の「海ゆかば」である。

 海行かば水漬く(みづく)屍(かばね)
 山行かば草むす屍(かばね)
 大君の辺(へ)にこそ死なめ
 かえり見はせじ

 この歌には、戦争末期に大半の輸送船が米軍の魚雷に狙われて海底深く沈没し、乗っていた多数の兵隊たちの屍が水に漬かったまま白骨化してゆくさまを如実に表している。
 一方、フイリピンやニューギニアなど南方の島々に派遣された将兵の半数は、武器はおろか食糧の補給もなく、戦うどころか極限の飢餓状態で山野をさまよい、ついに餓死したといわれている。その白骨が数万のケタで草にまみれたまま放置されている。そうした悲惨な死も天皇のためなら後悔しないという意味になる。
 これほど非情で残酷な歌はどこにもない。当時は国民を「天皇の赤子(せきし)」と呼び、日本人はすべて天照大神に始まる天皇の子孫とされた。それにしても世界支配を目的とする聖戦のために子孫に非情な死を命じる親はどこにあるだろうか。その意味で、戦後の日本が70年の間一度も戦争しない国になったことは、進化の最先端を行く民族として誇れるであろう。一方、今でも中東では聖戦の名のもとに殺し合いが続いている。しかも、対立抗争を焚きつけて大量に武器を消費して利益を挙げている陰の勢力もあるという。
 永続して繁栄する国はどこにあるのか、いずれは天の采配が下ることを期待してやまない。
 

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Comment

ありがとうございます 

>相対的な人間同士の考え方をいかに論じ合っても、相対的な結果しか出ないからです。国会にしろ、議論にしろ、啓示に基づかない議論は絶対的な価値はないのです。
「十人寄れば十人の心、日々の処難しい。」「それ/\談じ合い、よく理を聞き分け。先ず/\十分の理が治まろうとも、一つの理という。」と同じ意味なんですね。
>その意味で、真実の教理を抜きにした談じ合いは時間の浪費に終るでしょう。
真実の教理がなければ談じるだけで合う事はないんですね。それがつまり論なんですね。と私は理解しました。さとり違いがあるかもしれませんが明確なご回答どうもありがとうございました。
  • posted by 通りすがり 
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  • 2015.09/21 19:53分 
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通りすがりさんへ 

さきほど日蓮正宗の方へのコメントを返したところで、「論」と「談じ合い」の違いについての質問を受けました。
明らかに言えることは、「論」は人間同士の考えをぶっつけ合うだけのことで、「談じ合い」は絶対の神示(啓示)を元としてお互いの悟り方や受け取り方を伝え合うことを意味しています。
つまり相対的な人間同士の考え方をいかに論じ合っても、相対的な結果しか出ないからです。国会にしろ、議論にしろ、啓示に基づかない議論は絶対的な価値はないのです。
その意味で、真実の教理を抜きにした談じ合いは時間の浪費に終るでしょう。親なる神の教えを中心に据えて何事についても談じ合うことが真の民主主義といえるのです。とりあえずのコメントで失礼します。
  • posted by みさと 
  • URL 
  • 2015.09/21 15:01分 
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失礼ながら誤解です。 

あなたが承知しておられる天理教は、中山みき様が現世を去られた後につくられた教団で、教祖の後継者・飯降伊蔵様は「神一条よりは万分の一の道」とさしづされています。当時から戦後に至るまでは、教祖直々の教えを説けなかった悲劇の歴史があるのです。

「泥海古記」の「どじょう」については、このブログにも掲示してある学研版の古書がAmazon に安価で出ていますから一読されてから批判してください。

真実の教理をご存じないまま他宗に移られたことが残念ですが、それも因縁なのでしょうから、ヘタな勧誘だけはやめてください。
  • posted by みさと 
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  • 2015.09/21 14:42分 
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よろしくお願いします 

お道の中と外、間違った教理が展開されている現状を世界鏡として自分自身も直していきたいと思います。
先生、またお聞きしたいのですけど、
談じ合いと論についてですけど、談じ合いの大切さは、元始まりから初まりおさしづに口説く言われているのはわかっていますが、一方のおさしづで、

明治二十一年七月十七日(陰暦六月九日)
奈良講社の者、正月頃より二十名ばかり別派になり、学者を頼みて此者に講元並に教職をも許しくれるや、さもなくば天理教会を潰し、又は平野楢蔵と論をするなどと言うに付伺。又平野も立腹致し居るに付、論をしに行きても宜しきや、如何して宜しきやも伺う
「・・・めん/\我がものと思うて、花の色匂いを取る心が世界では分からんで。・・・さあ/\/\皆々談示に寄り来るで。腹立てさゝぬよう。・・・腹立てんよう。さあさあ日々皆々その花の心に成るで。」
                      (私目線で気になる所を抜粋)
明治二十二年七月二十六日(陰暦六月二十九日)午後九時
山本利三郎押して願
「・・・論は一寸も要らん/\/\。論をするなら世界の理で行け。神の道には論は要らん。誠一つなら天の理。実で行くがよい。・・・」
と論じる事は不必要と仰り、論すなわち議論をする国会で治まらない。ややすれば談じ合いから論(争論)に発展するようになる場合がある様な気がします。先生、この談じ合いと論の区別の仕方を教えて下さい。

  • posted by 通りすがり 
  • URL 
  • 2015.09/21 14:33分 
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勉強熱心なんですね 

学ぶというのは地になり骨になり肉になると言われとても良い事ですね♪天理教を信仰されてるようですが私のひい祖父さんが天理教の会長でした。本来なら女性が会長になるらしいのですがなる方がいなかったのでひい祖父さんが勤めたのです。銚子の市営住宅を集会所にして活躍してました。天理教は中山みきによって創立された新興宗教教団ですね。中山みきは四一歳の時、神がかりにあったと言われてますが天理教では信仰の対象として「ぢば・親神天理王命・教祖中山みき」の三つを挙げていますね。「ぢば」は親神が人間創造の際に最初に人間を宿した親里だとしていますね「親神天理王命」は人間をはじめ世界を創造した根元の神として中山みきの体を借りてこの世に現れ世界中の人間を一切の苦から解放して喜びづくめの生活、陽気ぐらしへと導き守護すると言われてますね。親神はキリスト教における神とよく似ておりこの世を創造した創造主という概念になってます。また「教祖中山みき」は死後もその命を「ぢば」にとどめて永遠に存在しているとし親神による人類 救済はこの「ぢば」を中心として行 われるとされています。でもね!ちょっと待ってください!この万物創造の親神は中山みきに神がかるまで一体何をしていたのでしょうか?親神の教えによって初めて人類が救われるとするならばそれ以前の人類は救われない事になってしまいますよ!!また天理教では親神が「どろ 海中のどぢよを皆食べてその心根を味いこれを人間のたねとされた」と言われてますが「どじょうが人間のたね」なんてあまりにも非科学的な教えでありこのような話が元となった宗教は人間を不幸にする邪宗教ですよ。また天理教には「貧に落ちきれ」 という人生教訓があり「人の幸せは物や金ではなく心の安住が大 事」として中山みきが全財産を貧しい人に施した事を陽気ぐらしの手本 であるとされ信者は欲の原因となる 金銭を親神に供え教会に行き人の為に奉仕する事を実践の徳目としていますがこのような集金手法も新興宗教の特徴です。親神は人間を助けたいとの親心で天理教を開いたと言われてますが子である人間は親神の心を心として生きる事が重要で親神の思いにひたすら添う事が道であるとしていますが踊りや歌によって陽気ぐらしの世界をこの地上に実現するといいますが矛盾してますよね?天理教では人間の肉体は親神から借りたもので心だけが人間所有のものとして親神の心を知ればどのような境遇でも心の持ち方一つで陽気ぐらしが出来ると言ってます。しかし心の持ち方一つで幸福などなれるはずがありません世の中そんなに甘くない、陽気ぐらしにうつつを抜かし全国万民が貧に落ちきる運動を続けていて社会の安寧また個々の将来は安泰でしょうか?それらを考えるとき 厳正な宗教教義でない事がわかりま す。だから私達は天理教を捨てて真実の正しい日蓮正宗 法華講へ入会したのです。日蓮様の教えは「神がかり」「どじょう」ではなくて道理に合った因果が説かれています。また人間の苦悩を正面から見つめ苦を取り去り幸せに導きます。あなたも天理教をやめて日蓮正宗 法華講へ入りなさい。お近くの日蓮正宗 法華講の寺へ訪ねてみてね優しい住職さんがあなたを待ってるわ

  • posted by 原 世津子 
  • URL 
  • 2015.09/18 16:59分 
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Author:植田義弘
今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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