ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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(参考資料)「世上の鏡」として

真宗大谷派(東本願寺)の安全保障法案に対する宗派声明

日本国憲法の立憲の精神を順守する政府を願う
「正義と悪の対立を超えて」

私たちの教団は先の大戦において国家体制に追従し、戦争に積極的に協力して多くの
人々を死地に送り込んだ経験を持っています。その過ちを深く慚愧する教団として、
このたび国会に提出された(安全保障関連法案)に対して強く反対の意志を表明いた
します。そしてこの日本と世界の行く末を深く案じ憂慮されている人々の共感を結集
して、改めて「真の平和」の実現を、日本はもとより世界の人々に呼び掛けたいと思
います。
 

私たちは、過去の幾多の戦争で言語に絶する悲惨な体験をいたしました。それは何
も日本に限るものではなく、世界中の人々に共通する悲惨な体験であります。そして
誰もが、戦争の悲惨さと愚かさを学んでいるはずであります。けれども戦後70年年
間、この世界から国々の対立や戦火が消えることはありません。
 

このような対立を生む根源はすべて国家間の相互理解の欠如と、相手国への非難を
正当化して正義を立てる人間と言う存在の自我の問題であります。自らを正義とし、
他を悪とする。これによって自らを苦しめ、互いに苦しめあっているのが人間の悲し
き有様ではないでしょうか。仏の真実の智慧に照らされるとき、そこに顕らかにされ
る私ども人間の愚かな姿はまことに慚愧にたえないという他ありません。
 

今般、このような愚かな戦争行為を再び可能とする憲法解釈や新しい立法が「積極
的平和主義」の言辞のもとに、何ら躊躇なく進められようとしています。
 そこで私は、いま改めて全ての方々に問いたいと思います。


「私達はこの事態を黙視していてよいのでしょうか」

「過去幾多の戦火で犠牲になられた幾千万の人々の深い悲しみと非戦平和の願いを踏
みにじる愚行を繰り返しても良いのでしょうか」と。



私は、仏の智慧に聞く真宗仏教者として、その人々の深い悲しみと大いなる願いの
中から生み出された日本国憲法の立憲の精神を蹂躙する行為を絶対に認めるわけには
まいりません。これまで平和憲法の精神を貫いてきた日本の代表者は、国、人種、民
族、文化、宗教などの差異を超えて、人と人が水平に出あい、互いに尊重しあえる
「真の平和」を、武力に頼るのではなく、積極的な対話によって実現することを世界
の人々に強く提唱されることを求めます。

2015年5月21日

       真宗大谷派(東本願寺)宗務総長 里雄康意
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(MLメンバー岩本氏のコメント)
「私は以前から日本の宗教家は戦前なにをしていたのか、体制に翼賛して
戦争一図に走っていたではないか。平和を説く態度を取らなかったのか、
と聞きたかったのです。
一部には反戦を叫んだ方も居ましたが、微弱でした。
 

欧米の軍隊では従軍神父・牧師がいて、戦場での弔いも行い、また明日
大規模作戦を行うので、そのために前夜祭を行っている。その理由は明日の
大作戦では死亡者が出る可能性もあるので、その前夜祭も行っている。
 しかし日本の軍隊には従軍僧侶もいたが、僧侶として従軍していたのではなく、
前職が宗教家であったに過ぎなかったでしょう。
過ぎ去ったことは今取り上げませんが、現在に話を移します。

 

現在の日本の宗教界は一般庶民とどんな付き合いをしているか。法事では
お経を上げ、また朝夕の勤行では庶民にまったく理解できない梵語、またはサンスクリット 

語の経文を上げて、それで終わりです。また神官はカシコミカシコミマウスという
庶民が分からぬ祝詞を挙げるが、こんな庶民が理解できない話しか出来ないのか。
こんな話で宗教家と庶民が結びついていることに対して、これら宗教家は矛盾を感じないのか。

 

信徒は神社の社殿の前で鈴を鳴らし、賽銭を上げて、拍手を打って終わりであり、
社殿に庶民を上げないか、七五三の時などに上がるが、大金を寄付した方だけだろう。 

しかし靖国神社では総理とか国会議員は社殿に上がり、神官に先導されて、
特定の場所まで行く。こんな差別を宗教がしても良いのか。



私は以前から日本の大部分の宗教家が反戦、平和の狼煙を上げないことに大いなる
疑問を感じていたので、今回のこの真宗大谷派の動きには感心しました。キリスト教の

牧師は毎日曜日に説教を行い、平和にも発言しております。
 
今後の日本の宗教家の活動に期待したい。

 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 以上の声明とコメントは、ML(メーリングリスト)<no_more/war>のメンバーの投稿によるものですが「世上の鏡」として参考にしたいと思います。(植田)
(参考となる原典おさしづ)
「元一つ鏡というは、内から言うのやあろうまい。世界から神の理を見て鏡やしきと言うのや。鏡というは何処から何処まで分かるが鏡やしき。聞かにゃ分からん事ではどうもならん。・・・鏡やしきに曇りありては救ける事は出けん。しんが濁れば傍が皆濁る」(M22.7.31)
「世界が鏡、鏡やしき。世界の元が曇れば世界も曇る」(M29.12.7)
「ぢばも鏡なら世上も鏡、世上の理も映れば ぢばの曇りも皆映る」
                         (M30.2.1)
手書き「おさしづに啓示された理の研究 第四部:鏡やしき・ぢばの理 
(どなたでも自由にダウンロードできるようにリンクしています)             
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今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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