ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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メルマガ・アンコール(その4)

(13号)与野党の立場と神一条の立場   配信日:2007/10/25

 2年半前のこの時点では、まだ政権交代は実現していなかった。が、民主党が政権を握った今でも、同じような状況が繰り返されていると言わずにはいられない。
 明治22年憲法が制定され、翌23年第一回帝国議会が開かれ、教育勅語が発布された。その直後のおさしづに、

「・・・お陰/\と待ち兼ねたる処、又一つには改正々々という、明治の代という、国会という。知らず/\待って、さあ楽しみの道は更にあろうまい。一夜の間の事情を見よ。・・・万事一つの事情を定め掛け。定めるには人間の心は更々要らん。弱い心は更に持たず、気兼遠慮は必ず要らん。さあ思やんしてくれ。これから先は神一条の道。国会では治まらん。神一条の道で治める。怖わい道があってやれ楽しみという。・・・国々国々の処、万事取り締まり、さあ/\何か談示々々、談示の決は、これまでよりも神のさしづ。さしづ通りの道なら、どんな事も遠慮気兼ねするやない」(明治24.2.7)

 ここに謹写したおさしづは、その後に軍部の独裁による大正・昭和の軍国主義時代を経て敗戦に至った歴史の道筋を「楽しみの道は更にあろうまい」「怖わい道があってやれ楽しみという」と見通されている。しかも「国会では治まらん」のは今もその通りであり、これから先の国運を暗示されているとも思われる。
 こうした視点から以下のメルマガを再読して頂ければ幸いです。

 政権を担当しつづけている自民党・公明党に対して、野党は対立を深めています。
とくに参院選で第一党になった民主党が勢力を強めています。たしかに政官財の癒着は目を覆うばかりです。権力は必ず腐敗するのが通例です。
 野党がなければ、与党が好き勝手に利権を拡大し、独裁政治になりかねません。現在の北朝鮮はいうまでもなく、かつて軍部独裁で戦争を拡大していった頃の日本もそうでした。
 そうした意味で、思想や言論の自由は必要不可欠です。何よりも権力からの自由が大切です。中立的な立場を標榜するマスコミは、与野党両方の情報を国民に伝える役目があります。しかし実際は、与党か野党かどちらかの立場に偏している場合が多いので、国民のほうが一方に洗脳されないよう気をつけなければいけないでしょう。
 
 もちろん政治と宗教とは次元が違います。政治は人間同士の相対的な関係で成り立っていますが、宗教は神と人間の関係です。教祖が在世であれば、あるいは神と一体になった啓示者がいれば、人間を超えた立場から、先を見通して間違いなく判断し決定することができます。
 本来、宗教は、タテの関係から成り立っています。タテといっても人間同士の上下ではなく、神と人間の関係です。したがって、与党・野党という人間同士のヨコの対立はあり得ません。いわば、同じ山頂に向かって山登りしている人間同士ですから、多数決で行き先を決める必要はなく、お互いに励まし合い、導き合えばいいはずです。
 
 ところが、あらゆる宗教は、創立後100年200年と経つにつれて変質していくことは、世界の宗教の歴史をみれば明らかです。しかし、確定された原典があれば、つねに出発点に立ち戻ることができる可能性はあります。いわば原典は政治における憲法に相当するからです。憲法違反は重大な罪になります。同様に、明らかに原典に違反する教説は異端と呼ばれても当然でしょう。
 
 原典を元とする教学と原理主義とは異なります。原理主義とは、歴史の進歩を無視して過去の史料の一字一句にこだわり、それを後生大事に守ろうとする態度を意味します。
 そこからは心の成人による教理の展開は望めません。いわば明治時代と同じ服装を変えてはいけないと思い込んでいる態度に等しいのです。前向きに未来をみて理想を実現しようとするのではなく、後ろ向きに過去を詮索し固守することに熱中するばかりです。
 
 それでは、神一条の立場とは、どのような状態を意味するのでしょうか。
1)何よりも、人間の考えや判断は絶対ではないという謙虚な慎みの心が大事。
2)人間思案を捨てて、無心になって、教祖の思いと一体化すること。人間思案とは、自分の立場や地位、さらに利害得失を計算することに他なりません。
3)独断と偏見を避けるために、ねり合い、談じ合いの場を広げること。
4)客観的に世界に通用する教学を展開し確立すること。そのためには学者だけが象牙の塔にこもるのではなく、広く門戸を開放して社会に目を向け、現場の意見に耳を傾けることです。現実から遊離した教説や重箱の隅を突つくだけの論文は何の役にも立ちません。

 残念なことに、現在の教内では、これらの条件が満たされているとはいえず、政治でいえば決定権をもつ与党だけしか発言する場は与えられていないと言わざるを得ない現状です。
 客観的に現実を反映するマスコミはなく、与党的な出版機関しかありません。一切の批評や異論は認められず、一方的な情報発信しか行われていないのです。
 
 そこで私は、やむなく野党的な立場で発言を続けています。といっても、特定の個人と対立するのが目的ではなく、親神様・教祖にどう受け取って頂けるかを常に念頭に置いているつもりです。
 このメルマガには与党も野党もなく、現実に看過できない問題やみんなの参考になる体験があれば、どしどし投稿して下さることを期待しています。個人情報は秘密厳守して、いろいろな情報を提供したいと願っています。
 今はまだ、私を陰ながら支持して下さる方は30名くらいでしょうが、5年後10年後には必ず大河の流れになると信じています。そんな夢を見るよりも、先ずメルマガの講読者が100人になることを目標に努力したいと思います。ご理解とご協力を切にお願いします。
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教内の「律」 

なるほど、教内の「律」を神より「怖い」と思っている人々がいることは確かですね。「律」は、人間がつくる相対的な基準にしか過ぎませんからね。

もともと日本人は、神を怖いと感じない傾向があるので、教祖が啓示された神も、過去の神々と同じレベルでしか受け取られていない、と言えるでしょう。


  • posted by みさと 
  • URL 
  • 2010.05/03 20:45分 
  • [Edit]
  • [Res]

No title 

憲法記念日ということからでしょうか、「律がこわいか、神がこわいか」のお言葉が頭に浮かんでました。現在は教内の「律」にいろんな意味で左右されますね。先生を支持する力が結集しより大きな流れになりますように、信じて願っております。
  • posted by らくだ 
  • URL 
  • 2010.05/03 20:17分 
  • [Edit]
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今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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