ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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69回目の広島原爆平和祈念日

 8月6日は広島に原爆が投下されてから69年目の平和祈念日である。NHKでは、広島上空で原爆が炸裂した朝8時15分の黙祷から平和祈念式典の実況放映があった。広島市長、こども代表(小学6年生男女2人)が壇上に上り、それぞれに感動的な挨拶を語った。つづいて恒例のプログラムとして安倍内閣総理大臣の挨拶もあった。首相にとっては辛い義務を果たす心境で壇上に立っているのではないかと想像してしまった。

 原爆を投下され被爆した広島、長崎市民のアメリカに対する憎しみと恨みは、今も消えることなく続いている。その思いがいかに根が深いかは、被爆体験者の証言を取材するごとに私は感じ取ってきた。被爆体験者にすれば、それも当然に違いないと思われる。
 ところが、広島・長崎以外に住んでいた大半の国民の思いは違っていた。もし原爆が投下されていなければ、本土全体が火の海になったに違いない。原爆(当初は新型爆弾と報道されたが)のおかげで終戦が早まった。それが大半の日本人の思いであった。それほど空襲と食糧難と死の恐怖が日本全土を覆っていた。

 天理市にある豊田山東側の山腹には、市内の各詰所を宿舎としていた約1万人近くの予科練(特攻隊の予備隊)によって天皇陛下の御座所が掘り進められていた。上陸してくる米軍を迎え撃つために、天理近辺は最も安全で適した位置にあったからである。また南東につづく山腹の穴には海軍航空隊の陣地が並んでいた。その麓にあたる柳本に飛行場を急造するために、私たち天理中学1、2年生は毎日ほど土運びに動員されていた。艦載機の機銃掃射に逃げまどったこともあった。飛行場には本物の戦闘機は1機もなく、木製のオトリだけが並べられていたことを覚えている。

(竹槍で敵を突き刺す練習をする女子生徒=<戦争を語りつぐ証言集>サイト内 http://www.geocities.jp/shougen60/shougen-list/w-T12-2.html より転載)

 陸軍総司令部と大本営は、敗戦の事実を隠ぺいし戦争終結をズルズルと引き延ばして、いたずらに犠牲者を増大させ、本土決戦を準備していた。そこへ原爆が投下されたため、竹槍で敵を倒す本土決戦は無意味となり、ようやく無条件降伏を受け入れる他に道はないことを否定できなくなった。
 東京裁判は戦勝国の不公平な判決と批判されることがある。しかし、もし日本人に戦争責任をきびしく追求する裁判を任されていたならば、おそらく誰も責任者を明らかにして正当に罰することはできなかったであろう。
 皇族であった東久邇内閣では「一億総ざんげ」という標語を広めたが、責任を国民全体に拡散してしまい、個人として誰も戦争責任を取らない結果を期待しているとしか思えなかった。(3・11原発事故の無責任な現状にそのまま繰り返されている)

 今も広島の平和祈念公園に建立されている石板に「安らかに眠ってください/過ちは繰り返しませぬから」と刻まれている一文は、主語が誰を指しているのかアイマイで理解できない。一般民衆の大部分が戦争に引きずり込まれていった「過ち」はあるにしても、戦争を拡大し終結を引き延ばした軍部官僚トップおよび戦争を煽りウソの情報を流しつづけた新聞・ラジオの責任は万死に値するほど大きいと言わねばならない。問題は過去ではなく、現在も進行中であることを改めて自覚したい。

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Comment

自立人生さんへ 

教会系統については前真柱様が生前に「かなめ会」(直属教会長の集会)で話された内容の一部を引用したわけですが、その出典は天理図書館で機関誌「かなめ会報」を閲覧していた時に、その機関誌に記録されていたと記憶しています。
何年の第何号だったかはメモしていないので、今ここでお伝えすることはできないことを了承してください。

「理の親」の神意についてはあちこちで機会あるごとに話されていました。その一例として私が直接かかわった事実をお伝えしたのですが、当時のO布教部長さんも2年前に出直されています。
以上、参考までに返信いたします。
  • posted by みさと 
  • URL 
  • 2014.08/14 13:11分 
  • [Edit]
  • [Res]

系統は今では布教の邪魔になっている 

中山善衛前真柱は平成3年(1991)10月26日秋季大祭神殿講
話において「教会事情の種」として8項目挙げられ、その教会事情
の種の第8番目の項目として「真のをやを取り違えぬこと」として次
のように強調されている(みちのとも平成3年12月号)。
「一つ、教会長が親の意味を取り間違えて、自分がそれこそ「をや」
と思い込んでしまった時」、「親神様・親様こそ真をやなのでありま
す。
そのをやからすれば、仮に親という言葉でそれぞれは呼ばれるよう
なことがありましても、真実のもとのをやは親神様・親様よりほかに
ない。自分が根っからのをやになってしまってはならない」。

7月12日付の貴ブログに次の記述があります。「前真柱様は----
系統は昔は必要であったかも知れないが、今では布教の邪魔にな
っている、等々と発言されたことがある。その発言は「かなめ会報」
にも記録されている」。
戦後天理教の止まらない衰退を考えるとき「真のをやを取り違えぬ
こと」と並んで、「系統は昔は必要であったかも知れないが、今では
布教の邪魔になっている」との発言も極めて重要な意味を持ってい
ます。
「系統は----今では布教の邪魔になっている」という「かなめ会報」
の内容開示お願い致します。
  • posted by 自立人生 
  • URL 
  • 2014.08/12 23:38分 
  • [Edit]
  • [Res]

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Author:植田義弘
今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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