ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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「国会では治まらん」(前号の補足として)

 先日(5月3日)には憲法記念日に当たって「憲法とは何だろう?」というテーマのメルマガ過去ログを再掲載した。つづいて保存しているファイルに(前号の補足として)「国会では治まらん」という神示をもとに原典をテーマとする記事を配信していることを確認した。
 そこで、ついでながら今回は、その93号を再録することを了解ねがいたい。今も通用する内容と信じるからである。
 
 メルマガ<心のテープ>(93号) 配信日:2009/5/14

前号のはじめに「道のようぼくである前に日本国民に違いないのだから」と、憲法に無関心ではいられない理由を記したのだが、メルマガを配信した後で、日本国民である前に親神様あって人間(自分)があるという理の順序に思い当たった。こんな当たり前のことに気がつかないほど、言論と信教の自由を保障された戦後の憲法は有難いと思わずにはいられない。
敗戦に至るまでの数十年の間、時の政府や法律が、教祖をはじめ天理教会を、どれほど目の仇(かたき)にして邪魔立てしてきたことか。タイトルの「国会では治まらん」という一節は、末尾に書き写した明治24年の「おさしづ」の中に出ている。ここで言われている「国会」とは、明治憲法に基づく帝国議会を指している。事実その後、軍部が独裁的に権力を握り「国会では治まらん」結果となり、国民の自由と人権を禁圧して無謀な戦争に突っ走る歴史を辿ることになる。
現在の国会で治まるかどうかは未知数だが、これからも混乱が続く可能性は強いだろう。神一条の道(理)に対して「応法の道(理)」という教語があることをご存じの方は多いに違いない。その意味は「一時的に教祖の教えに添わず法律に順応してもやむを得ない通り方」のことで、昭和20年までの天理教は文字通り「応法の道」であった。
戦後は民主憲法によって信教の自由を保障されているから、法律によって神一条の道を妨害される事情はすっかり解消された。それ故、戦後は応法=神一条となり、逆に民主的な法律に対応していない面があれば、神一条の道から外れる結果になりかねない。いわば、昭和20年を境にして「応法」の意味が逆転したことを再認識する必要がある。

明治から 昭和20年までの法律によって、天理教は政府権力から散々に弾圧された悲劇の歴史がある。そうした事情に即して啓示された「さしづ」(教祖直々の諭しを含めて)を読み返してみたい。
明治20年1月、教祖がお姿を隠される直前、初代真柱との一連の神人問答の中で、誰知らぬ人のない教祖直々のお言葉がある。初代真柱は、天皇を神格化した古事記以外の教説を認めない政府の国策と異なる教祖の教えに対して、
「人間は法律にさからう事はかないません」と申し上げたところ、すかさず教祖が諭されたお言葉は、
「さあ/\ 月日がありてこの世界あり、世界ありてそれ /\あり、それ/\ありて身の内あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで」(『稿本教祖伝』320頁)
 この教祖直々の「さしづ」には、明らかに「理の順序」が啓示されている。その直後のお言葉に、
「さあ/\実を買うのやで。価を以て実を買うのやで」
 さらに、「さあ/\一つの処、律が、律が怖わいか、神が怖わいか、律が怖わいか」
 という厳しいお諭しが続いていることから思案すれば、「律ありても心定めが第一やで」という神意は明らかであろう。つまり、憲法であれ何であれ、人間の都合で定めた法律と神のさしづが相反する場合、法律に反しても神一条の理を立てるのが順序、と受け取ることができる。この切迫した1月26日の大節に際しては、警察に拘留されることを覚悟の上で、教祖が現身を隠される直前に決行したおつとめが終わるまで、取締りの警官は一人も現れなかったことが記録されている。

 その後、飯降本席の時代になって以後も、国の政策と道の教理が相反する事情に遭遇するのだが、それぞれの事情に応じて、道につながるようぼくを連れて通ろうとされる親心を「おさしづ」の節々からうかがうことができる。
 戦前の天理教は、法律との葛藤と応法に苦慮した悲劇の歴史であったということができる。例えば明治29年4月6日に発令された「内務省秘密訓令甲第12号」を見れば、政府の方針が明かにわかる。秘密訓令は、天理教は淫祀邪教であるから、何かと難癖つけてでも天理教を潰してしまうことが目的であった。その訓令は警察の元締めである内務省から各警察に発令された。原文は次の通りで、読みにくいが、大意を読み取ることができる。
「近来天理教の信徒を一堂に集め、男女混交ややもすればすなわち風俗を乱れるの所為に出で、或いは神水神符を付与して愚昧を狂惑し、遂に医薬を廃せしめ、もしくはみだりに寄付を為さしむる等、その弊害漸次蔓延の傾向有り、これを今日に制圧するは最も必要の事に候条、将来は一層警察の視察を厳密にし、時宜に依っては公然会場に臨み、もしくは陰密の手段を以て非行を抉摘し、その刑法警察令に触れるものは直ちに相当の処分をなし、又そのしからざるものは、必要によりては祈祷説教を差し止め、もしくは制限する等 臨機適宜の方法を用いて、その取締りを厳重にして、殊に金銭募集の方法については最も注意を周密にし、且つその状況は時々すべし。なお、神仏各宗派にして禁厭祈祷、風紀並びに寄付金に関し天理教会に譲らざる弊害あるものも可有り。これまた同様の取締りを為すべし。  明治29年4月6日 内務大臣 芳川顕正」

 明治29年といえば、教祖がお姿を隠されてから10年目、その1月には教祖10年祭を盛大につとめてから3ヵ月目のことであった。当時の教勢は、たしかな史料によると、信徒数313万7113人、教師数19061人。この年、秋田県を最後に、沖縄を除く全国府県に天理教会が設立されたという(分教会17カ所、支教会185カ所、出張所484カ所、布教所392カ所)
 現在と比べて、300万以上の信徒数に比して教会数が少ないのは、それだけ1名称当たりの信徒数が多い状態を表している。現在の信者数の実数は、当時の10分の1以下になっているので、いわば「生き残り」のような状態かも知れない。
 上記の秘密訓令が発令される2日前の4月4日の「おさしづ」には、
「この道は会議から成り立った道か。会議するから遅れる。出て居る者も明日日に早く皆呼び取って了え。このまま送れば、びっくりするような事出け(来)る」
と予告されている。さしづを棚上げして、いくら人間の知恵を出し合って会議しても、人間思案に過ぎないことを警告されている。さらに秘密訓令が発令されて半月後の事情伺いさしづには、
「さあ/\(政府から)いかな事も言うて来る/\。皆これまで十分話伝えたる。どんな事しようと思うて成るやない。今一時尋ぬる処、どういう事もある/\。・・・(中略)・・・水が浸く、山が崩れる。大雨や/\。行く所が無いなれど、後はすっきりする。今一時どうなろと思う。心さえしっかりして居れば働きをするわ/\。反対する者も可愛い我が子、念ずる者は尚の事、なれど念ずる者でも、(さしづを)用いねば反対同様のもの。これまでほんの言葉々々でさしづしてある。これはというようなものは、さしづがさしづやないと言う。・・・・・・山が崩れる、水が浸く。雨風や。何処へ駈け付く所も無いというようなもの。泥水すっきり流して了う。泥水の間は、どんな思やん(案)してもどうもならん。心一つの理を繋げ/\。いかんと言えば、はいと言え。言えば、はいと言え。どんな事も見て居る程に/\」(29.4.21)

 この「おさしづ」の啓示を拝読すると、たしかに「いかんと言えば、はいと言え。ならんと言えば、はいと言え」と政府権力に順応することを許されているようだが、あくまで「泥水すっきり流して了う」刻限を前提として、「心一つの理を繋げ」と、形や建前ではなく、道の者としての連帯を強固にするよう、目に見えない理を心に治めるように諭されている。と同時に、何とか道のようぼくを連れて通ろうとされている親心を痛感せずにはいられない。
 一方「なれど念ずる者でも、(さしづを)用いねば反対同様のもの」と厳しく戒められているのは、そうした危険な傾向が内部にあったからではないだろうか。その後、天理教本部は、内務省訓令に対応するために連日会議し、紛糾の末に次のことを決議した。5月18日のことであった。
1)朝夕の勤めにある「あしきをはらうて」を止め、「ちょとはなし」と「かんろだい」だけにする。
2)かぐらづとめを自主規制して中止する。
3)守り札を神鏡に改める。
4)天理王命は、神道的な神名「天理大神」に改称する。
 これらの重要な決定の他に、2年前の明治27年8月に始まった日清戦争に際して、政府からの人夫派遣の要請について本席に伺ったところ「要らざる事やなあ」という「おさしづ」に従って協力しなかったことが、秘密訓令の一因になったとして、以後、本部は戦争協力の姿勢を強める方向に舵を取ることになっていく。
1)の「あしきをはらうて」の地歌や手ぶりは元々なかったとして、後で一部の者が勝手に付け加えたという説をなす人がいるが、上記の史実を知らないための誤説である。最初に教祖から教えられた「あしきはらうて」の地歌は、明治41年一派独立後に復活したものと思われるが、秘密訓令の節に削除した理由は、恐らく地歌の最後に21回くり返して唱える「天理王命」を「天理大神」に改変したからと推察できる。
 さらに言えば、つとめや神名の改変よりも、世間から誤解の因となっている金銭的な問題に留意するべきではなかったのかと思われてならない。その年の秋、秘密訓令の対応を巡って、教会本部の前川菊太郎、橋本清両本部理事が相次いで辞表を提出した。9月に橋本が辞表提出、12月には前川も同調した。いわゆる前橋事件といわれる事情であった。

 はじめに記した通り、戦後は神一条の理と法律が相反する場面はなくなった。憲法をはじめとする法律が民主化され、言論と信教の自由を尊重するように改革されたからであり、教祖が現身を隠される前後のさしづで「世界一れつろくぢ(平地)に踏みならす」と予言されていた刻限が到来したからに他ならない。
 とすれば、現行の憲法が改変されることなく、9条を守ることは神一条の理を立てることになる、と信じることができる。昭和20年8月15日こそは「一日の日」であり刻限であった。(見えん先から説き聞かされた啓示の数々は「手書きおさしづ資料:第二部 神の預言」に収録している)
 それにしても戦後64年を経た現在、上記の秘密訓令のような迫害干渉がなくなったにもかかわらず、どれだけ神一条の理を堂々と世界に伝え広めることができたのかを思い返すと、親神様・教祖に対して申し訳ない思いに駆られるのは私一人であろうか。
 終戦までの「応法の道」を止むを得ないするならば、戦後の天理教が民主憲法に応じているかどうかを問題にしなければならない。人体で言えば龍頭(頭脳)に当たる鏡やしき・ぢばにつとめる人々の責任は特に重いといわなければならない。県庁や市役所という呼び名は、土地や建物だけではなく、知事や市長および公務員の役目を意味しているように、「ぢば」は単に地点ではなく、そこに勤める人間が追従(ついしょう)という心の曇り濁りを浄め、さしづ通り神一条の心を定めるかどうかにかかっている。
 
 最後に手書き資料の中から「おさしづ」の一端を拝読して終わりたい。
「お陰/\と待ち兼ねたる処、又一つには(明治憲法)改正々々という、明治の代という、国会という。知らず/\待って、さあ楽しみの道は更にあろうまい。一夜の間の事情を見よ。・・・万事一つの事情を定め掛け。定めるには人間の心は更々要らん。弱い心は更に持たず、気兼遠慮は必ず要らん。さあ思やん(案)してくれ。これから先は神一条の道。国会では治まらん。神一条の道で治める。怖わい道があってやれ楽しみという。・・・国々国々の処、万事取り締まり、さあ/\何か談示々々、談示の決は、これまでよりも神のさしづ。さしづ通りの道なら、どんな事も遠慮気兼ねするやない」(24.2.7)
「澄んだ道から澄んだ心が鏡やしき。澄み切ったもの。曇りあっては世界映ろうまい。少しでも曇りあっては、世界は丸曇り」(28.3.18)
「ぢばも鏡なら世上も鏡、世上の理も映ればぢばの曇りも皆映る」(30.2.1)
「追しょうは濁りの台である。これをよく聞き分け。・・・追しょうは騒動の元、追しょうあればどうもならん。追しょうの中に濁り心の迷わす理、めん/\潰れる台してるようなもの。追しょうはその場のもの。良い顔して追しょうから追しょう出る。皆(追しょうを)してる。息してる間は皆してる。・・・」(31.4.20)
「さあ/\もうこれ、どうでもこうでも、掃除という。刻限出した限りには、仕遂げにやならん。掃除仕遂げる。隅から隅まで掃除に掛かる。掃除に掛かりたら、あちらこちら声が聞く/\。どんな事を聞いても、心を授けた限り、一名一人の心という。おめも恐れも無い。控え心は受け取る事出け(来)ん、と諭し置こう」(32.11.3)
「国の一つ事情も、道の事情も同じ理。一日の日を以て尋ねた順序の理のさしづ、こういう事あったと、皆々心に十分含んでくれ。皆何でも彼でもという心あっても、どれだけしても、理が無くばどうもならん。一日の日がある。越し難くい。飲むに飲まれん。行き付かにゃならんで。これよう思やん(案)定めて、一つの心に定めてくれ。聞いて心に治まってなくば、一日の日が通り難くい」(38.5.11)
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◎政治・経済などの時事問題に関しては下記のブログをぜひお読み下さることを期待しています。
<戦争を語りつぐ証言ブログ>
 http://blog.canpan.info/shougen60/ 
*加藤寛氏の遺書と原発輸出
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今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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