ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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(続)122年前から見た現在の天理教

 前回の終わりに「たすけ」の具体的な目標を提示したいと約束した。しかし考えてみると、私個人が提案するよりも、教祖130年祭推進委員会、天理大学、おやさと研究所などの公的機関がリーダーシップをとって、たすけの目標や段取りを具体的に提示して頂くのが本筋であるが、その準備が進められているとは聞いていない。
 現代社会のニーズといっても、やはり個人の身上・事情の「たすけ」が基本であることは申すまでもない。ただ昔と違って今は、未然に身上・事情を防止する天の理に適った生き方を「にをいがけ」することが大事ではないかと思う。
 心身を病んだ人々を治療するための国民医療費は年々1兆円ずつ増加し、今では年間38兆円に達している。つまり国家予算の半分近くに達する金額が、もし心身の病気を未然に防ぐことができれば不要となり、他の有益な目的に使うことができる計算になる。これほど「もったいない」ことはない。
 もし私に提言を求められるならば、「十全の守護の理」に基づいて、以前から公開している教説を読みとって頂くほかはない。以下の教説には現代の人々が感じている病気の不安を解消する教理が含まれていると自負している。
「肝腎かなめ」の健康法 
「心身の掃除に最善策あり」
 
 さらに、世の中にまんえんしている事情について思案すれば、その原因は家庭にあり、その根は親子・夫婦の人間関係にあることは間違いない。親子・夫婦、言い換えれば鶏と卵のどちらが先かというナゾかけがある。鶏のオス・メスがあって卵が産まれるのだが、さらにさかのぼると、先に卵がなければ鶏は生存しない。その意味で、この道では坐りつとめの地歌に、
「あしきを払うてたすけたまえ・・・」と願う人間の祈りに対して、親なる神は、
「・・・あしきなことは言わんでな、この世の地と天とをかたどりて夫婦をこしらえきたるでな、これはこの世の始め出し・・・」と、手ぶりとともに答えて下さっている。
 元なる親は元始まりに夫婦をこしらえた、と教えられている。これほど有難い話はない。難行苦行せよとか、神の命令に従えとか、苦労を耐え忍べとか、決して親は無理難題を与えられているわけではない。最低限の衣食住さえあれば、夫婦が力を合わせて陽気づくめに生きていける道を教えて下さっている。
 にもかかわらず世の中で、天理教といえば今もなお上下の格差と強制と束縛を固守している暗いイメージを浮かべられる現実があるとすれば、親神様・教祖に対してこれほどの親不幸はない。

 元なる親心は教祖ひながたに示されている。その親心になり切れない者が親孝行せよと言える資格はない。親子は自然の情だから、親が子どもに親孝行を説くものではない。しかも「夫婦をこしらえ」この世は始まったと地歌に歌われているではないか。
「男女」ではなく「夫婦」と歌われていることに重要な意味がある。夫婦は親子のように血縁ではない。もともと両親も家庭環境も異なる男女が1対1の最も濃密な人間関係を築いていく過程に、最も身近な「たすけ」合いを通して、心の成人への道を歩んでいく人生を用意されているのではないだろうか。その代わり、元始まりの原初から性の営みや子どもを産み育てる楽しみを味わえる道具を用意して下さっている。
 こんな有難い教えを説き聞かされ、日々実践しているならば、こちらが断っても天理教の仲間に入りたい人々が後を断たない筈ではないか。
 あらゆる事情の元は「夫婦」の心得違いにある。この「よろづいさいのもと」を「くわしくきいたことならば、いかなものでもこいしなる」と原典の最初にしるされている。神一条の道は、原典を元とする教理以外にあり得ない。

 さらに「この世を神のからだ」とする「元の理」は、自然ー生命ー心ー魂に共通する「元一つの理」を意味している。
 十全の守護の理の一つ「切る理」について思案してみたい。元一つの理である以上、心身に共通しているのが当然である。例えば、決断、思い切り、断定という心のはたらきは「切る理」に他ならない。私たちは過去を断ち切ってゼロから再出発しなければならない節がある。それが、いわゆる「いんねん切り」にもなる。逆に決断できずズルズルと過去を引きずって、結局はムダな時間を重ねる結果になることもある。決断がきない限り新しい展開が始まりようがない。
 そうした思い切り、決断、断定ができるのは、心に「切る理」のはたらきがあるからだ。例えば算数で、10ー3=7という計算ができるのは、10という数字を3と7に切り離す理の作用による。家を建てるとき、設計通りに材木を切らなければ柱も床もできない。
 一方、体内でもし細胞分裂できなければ生物は成長することはできない。親子も別々に分かれる故に独立することができる。胎児は母親との胎縁が「切れて」この世に産まれてくる。最後に死を迎えるとき息が切れるのも「切る理」のおかげと教えられている。生死はともに神の守護という教えは、世界中どこを探しても見つからないだろう。延命治療は、身上をお返しする寿命が来て息を「切る」守護の理を、医療技術によって妨害している場合もあることは否定できない。
 逆にこの世はあらゆる面で「つなぐ理」その他、十全の守護の理がなければ成り立たないことは申すまでもない。

 3・11以後に初めて大きなリスクが表に現われた原発は、原爆と同じ核分裂によって強大なエネルギーを利用する科学技術に他ならない。
 自然界はさまざまな原子や素粒子の分裂と結合によって構成されていることは確かだが、自然を成り立たしめている「切る理」を無視して人工的に無理矢理に原子核を分裂させた結果、自然に存在しない放射線を大量に発生させる結果となった。また自然に存在しない原子力エネルギーを発生させるための人工核燃料は、自然に循環できないため安全に処理する方法がない。
 逆に太陽は核融合によって光と熱をあまねく地球に放射している。とすれば、事故の危険性とかリスクを云々する以前に、原発そのものが反自然的技術の産物であり、自然を相手に戦争を仕掛けるような無謀な事業と言わなければならない。いわば「切る理」を逆手にとって、この世・人間を創造し守護されている親神に反逆している姿にほかならない。その意味で、今こそ世間とは根本的に異なった理由に基づく脱原発への取り組みとして、教理に基づく「にをいがけ」を展開するべき時旬なのだ。

 122年前と違って現代の日本では、仮に政府権力による政策や世間の常識に相反する意見を公表し布教しても、警察に逮捕される心配はない。教祖の定命115才の年から100年目に当たる現在、原典を元とする教理を堂々と説ける環境を与えられていながら傍観している現状に対して、親神様・教祖は、いかばかり残念・立腹されていることか。「上・高山」の政府権力にしても世間一般の人々にしても、ようぼくが「よろづいさいのもと」を伝えない限り、未だに「しらぬがむりでハないわいな」としか言えない状態なのだ。

 さらに今後の課題も残されている。「まいたるたねハみなはへる」(七下り目八つ)と歌われている「みかぐらうた」と同様、聖書の「まいた種は刈り取らねばならぬ」仏教の「因果応報」という普遍的な法則がある。この法則は人間一代で収支決算することはできない。とすれば、生き通しの魂が清算するしか道はない。この世は心の成人のための場として、必然的に生まれ替わりを認めなければならない。
 一方、唯物科学は万能のごとく進歩し続けている。核分裂の可能性を理論的に証明したアインシュタイン博士をはじめ、iPS細胞によってノーベル賞を受けた山中教授も立派な人格者に違いないが、唯物科学の最先端であることに違いはない。最近知人から聞いた話では、iPS細胞の応用次第では、皮膚細胞一つあれば自分の身代わりとなるコピー人間を造り出すことも可能であるという。
 科学は物理学、生理学、心理学等々多くの分野に適用できる「理」で成り立っているとしても、物質や生命を創造する「元の理」が根底にあることを全く認めていない。上述の通り「霊魂」の存在を前提として神霊を認識する立場から、いずれ唯物科学と対決することが課題として残されている。その課題は同時に、人間の発生・進化が偶然ではあり得ないことを明らかにし、親なる神の実在を証しする最後の課題につながっている。
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(追記)
政治・経済等の時事問題については<戦争を語りつぐ証言ブログ>
にアクセスされることを期待しています。
(更新記事)「活断層評価書の内容漏洩」
      「尖閣諸島でトラブルが始まった原因」
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教えに基づいて何を言っても行動しても自由な世の中、いろんな世上の問題が噴出しています。天理教が求められているのは全世界レベルでのたすけあいだと思います。しかし、天理教の姿は硬直した封建的主従関係の教団組織。上の人たちは、「理」を一応たてて尊重はしてるけど、内心で軽蔑されているのが、可哀そうにいまだに分からないのでしょう。組織としては魅力ゼロです。
教勢激減というのは、時代から取り残されている証しだと思います。
  • posted by puchi 
  • URL 
  • 2013.02/12 13:07分 
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Author:植田義弘
今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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