ブログ<原典からの出発>(since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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わが道を行く(その2)神人一体の道(つづき)

「さづけ」の体験と理合い

 つい最近のことですが、長年教会の役員になってもらっている人の奥さん(74才)が、脳梗塞で意識不明のまま救急車で病院へ運ばれ、集中治療室に入りました。その奥さんは、11年前にも命が危ないところをたすかったのです。家族の方に私は「意識が戻るようにお願いしますから」と告げて、おさづけを取り次ぎました。その直後から、かすかに意識が戻りはじめ、翌日二度目のお願いつぎに行ったときには、目を開けて家族の言葉に頷き、短い言葉も出すようになりました。この場合も、神様のご守護か点滴の薬が効いたのか、人によってどちらにも受け取ることができるでしょう。
 人がどう受け取ろうとも、私はおさづけの効能を信じています。何故なら、少なくともおさづけを取り次いでいる瞬間だけはたすけ一条の心になっているとすれば、親神様・教祖と同じ次元の世界へ参入しているからです。いわばおさづけを取り次いでいる瞬間だけ親心と同じ波動に同調しているともいえます。親神の世界に同調すれば、理がはたらくのは当然です。上記の奥さんの場合、長年にわたる家族の真実の心を受け取って頂いていることも確かです。しかし、何かの理由でおさづけの効能が見えなかったとしても、一瞬でも親神様と同じたすけ一条の心になることができた体験だけは残るのです。その体験の積み重ねが心の成人になるとすれば、おさづけは相手ではなく自分に取り次いでいるといえるのかも知れません。
 
「天理教学の展開を求めて」より 

「さづけ」は、ようぼく一人ひとりの真実の心に授けられる「道の宝」といわれる。
 おさづけを取り次ぐとき、私たちは自然に神一条の心になっている。頭で神一条の理が分かることと、理と一致した境地を体験することは別である。けれども、身上で苦しんでいる人におさづけを取り次ぐ瞬間だけは、何とかたすかって頂きたいと自分の利害を忘れて神一条の思いになることができる。そうした無私無欲の境地を体験できるように、親心から授けて下さったのが「さづけ」であろう。
 とすれば、相手のため人のためにおさづけを取り次ぐのではない。親神様を信じて取り次いでいる間、自分がたすけ一条の心に飛躍することができる。自由自在の理の世界に参入するからこそ、不思議なはたらきを見せて頂くことができ、共々に悦びを体感できる。その体験を積み重ねていくことが心の成人につながるのである。
 次に私自身の体験を報告しておきたい。ようぼく一家のNさんから電話が入り、奥さんが高血圧で倒れたまま、医者にかかっても治らないまま三日経つという。もともと腎臓の弱い人であったが、腎不全が原因の急激な血圧上昇に違いなかった。一刻も猶予はならない。何故もっと早く知らせないのかと思いながら、どうでも救かってもらいたいと一心に願いながらすぐにN家へ駆けつけた。玄関を入ったとたん、私の左頭部がガンガン痛み出した。部屋へ上がって奥さんの傍に坐り「頭の左側が痛むのでしょう」と聞くと頷いた。頭を動かせないほど痛むと言う。「神様は身の内に入り込んではたらいて下さっている。神様を信じてもたれ切れば必ず救けて頂ける」と一言の取次ぎをしたあと、自分も効能を信じて左頭部を中心におさづけをさせて頂いた。その後、三日続けて通っている間に、奥さんは起き上がれるまでにご守護いただいたことがある。
 もう一例、ケンカの巻き添えで右目をこうもり傘の尖った先で突き刺された青年があった。修養科を修了した母親からの急報で、私は入院先へ駆けつけた。眼科医から、治療の仕様がなく義眼を入れるほかに手がないと診断されたという。その時、必ず救けて頂けると私はふしぎに信じることができた。元初まりに無い世界・無い人間を創造され、今も一つの細胞から目をつくり耳や手足や全身を創って下さる神様であるからには、もう一度片目を創り直すくらいは何でもない筈、と信じておさづけを取り次いだ。本人は診断の結果を知らされていないためか案外平気だった。最後まで医薬に望みをつなぐ病気の場合と違って家族も真剣だった。三日ごとに5回ほど病院に通ったが、義眼を入れることもなく右目をご守護いただき、その後、その青年は眼鏡もかけず車を運転し、元通り働いている。
『教祖ひながたと現代』より(50~52頁)

 3年前のことです。おさづけの有難さが最高に身に沁みたことがあります。やはりようぼく一家Yさんの主人(70歳)が緊急入院したとの電話がありました。病名は心臓大動脈瘤で、いつ破裂してもおかしくないほど肥大しているとの診断でした。緊急に手術が必要なので医師から憩の家へ紹介されたのですが、1ヵ月後でないと手術の予定が立たないとのことで、それまで待機することになったのです。その間、破裂しないように願いをかけておさづけに通いました。ようやく手術のメドが立って憩の家へ転院し、精密検査を受けたところ、通常では破裂の限界とされている動脈瘤の大きさを超えているが、横にもう一つ瘤ができたために破裂しないで済んだと説明されました。
 いよいよ手術の日、最も手術の難しい部位に瘤があるため、片肺の空気を抜き、体温を20℃以下に下げて血流を止めた脳髄細胞の壊死を防ぎ、人工心臓で体内の血液循環を保つという大手術でした。手術中に死亡することもあり、後遺症が出ることもあるとの説明もありました。おさづけを直前に取り次いだあと運び込まれた手術室から出てきたのは6時間後、意識が回復する翌朝まで異常の有無は不明の状態でした。
 翌朝、家族とともに集中治療室に入った私は、本人が目を開けて手足を動かしているのを見て、おさづけを取り次ぎながら、何とも言えない有難さに涙がボロボロこぼれるのをどうしようもありませんでした。その感激は、おさづけの取次人だけに与えて頂ける最高の悦びに違いないのです。
「天理教学の展開を求めて」より
 
 以上、おさづけの効能ばかり書き並べたが、すべては神の守護であり、自分の能力でないことは申すまでもない。もちろん効能を見せて頂けなかったことも数多くある。ことに末期ガンの身上は、例外なく出直しを待つほかはなかった。その場合、初めから無理な願いではないかと、不安な自信のない気持ちでおさづけを取り次いだような気がする。
 いずれにせよ、おさづけは真剣勝負である。野球でバッターボックスに立つ打者は集中力がなければヒットを打てないように、おさづけの現場では、一瞬でもたすけ一条の親心に集中できなければ、元なる神の世界へ参入することはできない。おさづけを取り次いだ後はフラフラになるくらいの集中力が必要である。とすれば、毎日数十回も集中力を持続して、おさづけに回ることは不可能ではないかと思われる。
 
「おさしづ」の中には「路銀」という言葉が数多く出ている。文字通り金銭を意味している場合もあるが、「さづけの理」を表わされていることが多い。(但し「道の路銀」という表現はない)いずれにせよ、教祖の遺言というべき啓示に基づいて、さづけは道を通る上での楽しみとして、また神の証拠として授けられたことは間違いない。
 私個人の体験として、前述した通りこうもり傘の先で潰された右目を5度のおさづけでご守護を頂いた場合、私はその青年におぢば帰参の心を定めるよう話しただけだが、修養科を修了した直後の母親はおさづけの理を重く受け取って、取り次ぐごとに3万円の御供を包んで渡された。私は後にも先にもそれほど高価な路銀を頂いた覚えはないし、御供の多寡で効能が変わるのではないことは申すまでもない。その母親は、息子の事故の前に、癲癇の娘が修養科で救われたことに感動して自分も後を追って修養科を出たのだが、それほどの不思議を見せて頂いた親子でも、後に御供に関する誤解がもとで道を離れてしまったのであった。
 
 さづけの効能は、未だ親神様の広大無辺の親心を知らない人々に、身の内に入り込んで守護されている神が実在する証拠として示されるのであり、道のようぼくが身上障りを見せられた時、おさづけに頼るだけでは効能は頂けない。事実、本席様が在世であった明治の頃、「身上伺いさしづ」を願い出た人々は、繰り返しおさづけを取り次いで頂いても身上が治まらないために違いないが「もっとおさづけを取り次いでもらえば身上が助かる」と諭されたお言葉はどこにもない。年限を重ね、大事な立場をもつ本部役員あるいは教会長であればあるほど、身上に知らされた神意を悟り取らなければ、おさづけだけで救われないのは当然であろう。
 
 おさづけの始まりと変遷および「さづけの理」に関するおさしづの啓示については、下記サイトにまとめて掲載していますので参照して頂きたい。
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/shiryou/ten6-0.htm

 なお、病気と身心の因果関係、つまり身上諭しの理に関しては、後日(その3)身心一体の道 で取り上げることにしたい。
 
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今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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