ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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原発=大自然に刃向う勝ち目のない戦争

 原子力の火は、太陽の火とは逆の原理で得られる。太陽は核融合によって光熱を地球にまで、ふんだんに与えてくれているが、原爆の原理は核分裂にある。いくら科学技術が進歩しても、太陽と同じ核融合は人間の知恵では不可能であり。そこに人智の限界をみる思いがする。
 五十年ほど前から開発された原子炉はどうか。やはり核分裂のエネルギーを応用し、戦争に備えて軍艦用に開発されたものである。原理は原子爆弾と同じで、核分裂の速度をコントロールしているという。自然に存在しない放射性物質を放出することも原爆と同じ。「死の灰」と呼ばれる放射性物質は、体内に吸い込むと極めて長期間にわたり遺伝子を傷つけ、さまざまな難病を引き起こし死に至る。いわば、人間が自然を破壊してつくり出した悪魔の火なのだ。
 しかも原子核を分裂させてエネルギーを無理に引き出した後、自然に反した反応を人為的に起こした結果は処理の仕様がない。つまり使用済み核燃料を何年も巨大なプールの水に漬けておかなければならない。その後も放射能がなくなるわけではなく、何処にどうして安全に処分するかわからないので集積されたままになっている。「トイレのない高級マンション」と皮肉をこめて呼ばれている理由はここにある。

 原発は仮に事故がなくても、稼働しているだけで「神のからだ」(自然環境)を汚染し続けている。その実態について要点を記せば、原子炉で発生した高熱の2/3を海へ捨てるための温排水(海水より7℃高い)の膨大な排水量が自然を汚染する結果、魚卵や稚魚が死滅し、広範囲で漁業ができなくなることはいうまでもない。(原発1基につき毎秒70トンの温水が海へ排出される)
 その上に、青森県六ヶ所村の広大な敷地に建設された再処理施設には、1998~2010年までに全国の原発から使用済み核燃料が運び込まれ、そのウラン換算重量は 2827トンに上っている。しかし、未だに故障続きで再処理ができないため、3000トンの容量がある貯蔵プールで冷却しつづけているが、すでにプールは満杯に近くなっていて、あと173トン分しか残っていない。さらに全国の原子炉で発生する使用済み核燃料は年間900~1000トンに達する。そのため各原発敷地内のプールで冷やしながら保管しているものの、それも数年後には満杯になるという。(2011年12月現在。いずれも広瀬隆氏による情報)


 青森県六ヶ所村には巨大な再処理工場が建設されている。核燃料の再処理による有効利用といわれる技術は、極めて危険性が高い。再処理によって産出されるストロンチウムは地上最高の猛毒物で、極く微量が体内に吸収されるだけで命にかかわるという。
 この「死の灰」とは別に4年近く以前の保安院の発表によれば、240㎥の高レベル放射性廃液が六ヶ所村のタンクに貯蔵されている。この液体は絶えず冷却しつづける必要がある。もし冷却用パイプが破断したり停電したりすれば、たちまち沸騰して爆発し、取り返しのつかない大事故となる。そのほんの一部、1㎥が漏れただけで北海道から東北地方全域が廃墟になるほどの大惨事になる。この再処理工場を動かす日本原燃が、この危険な液体をガラスと混ぜて固体化し安定した状態で保管する計画を2006年に試したが完全に失敗したため再処理が行き詰まって操業不能に陥ったままになっている。(広瀬隆氏の著書による)
 再処理に関わる事故は過去に方々で繰り返されたため、今では世界中が再処理をあきらめ撤退している。その中で日本だけが未だに執着しているのは、再処理のための膨大な国家予算の裏にある利権構造のためとしか考えられない。
 敦賀の高速増殖炉「もんじゅ」は、今までに1兆円もの予算をつぎ込んでも危険なため運転できないままになっている。年間のエネルギー対策特別会計は3300億円、独立行政法人・原子力開発機構の傘下には59法人、高級官僚135人が天下っている。その中には子どもを安全神話で洗脳するための副読本を専門に企画制作している法人まである。まさに原発王国である。

 危険極まりない原発が、それでなくても原爆の洗礼を受けた日本国内に54基も知らぬ間に建設されてきたのは何故か。政官財の癒着と利権が絡み合う権力構造の支配が浮かび上がってくる。つまり「上・高山」の横暴が戦後も続いてきたことが福島の爆発事故で「表へ現われた」のである。
 かつての米英を相手にした戦争では「必勝神話」を徹底的に国民に叩き込む教育をしたが、大自然を破壊する戦争というべき原発推進では「安全神話」のPRが見事にその役目を果たしてきた。いずれも無謀な国策を信じさせるための巧妙な手段であった。いずれも無謀な戦争に違いなく、福島原発の爆発は事故というより無惨な敗戦に等しい。かつての戦争で「必勝」の信念が何の裏づけもない言葉に過ぎなかったように、原発推進という自然に対する戦争も言葉だけの「安全」に過ぎない。

 とはいえ、福島第一原発の現場では、安全を担保する修復のために放射線を浴びながら働いている多数の現場作業員がいる。事故当時の吉田昌男所長は、食道がんのため中とで退職したが、現場の責任を果たすために献身的な努力を続けていた。御用学者だけではなく良心的な学者も実在している。
 かつての太平洋戦争でも、大多数の民衆は戦場に駆り出されて命を賭けて筆舌に尽くせぬ苦難を味わった点で同じ構図の繰り返しに違いない。
 しかも天皇制の国体護持に執着したために、本土決戦で全国民を軍隊の指揮下に入れて最後まで戦い抜こうとした。その結果、勝ち目のない戦争終結が1年遅れたために、満州や南方の島々や本土空襲のため、どれほど多くの国民が悲惨な犠牲者になったことか。

 明らかに過去の「善と悪とはみな現われ」た刻限は、戦争が敗戦に終わった年、昭和20年であった。その年、原典で預言されていた通り、世の中は逆転し、軍部独裁権力の「上・高山」が崩壊し、世の中が「ろくぢ」に踏みならされたのであった。80余年前の昭和の始め、富国強兵の国策に歯止めが効かなくなり、陸軍が予算を独占して満州から中国に侵略を始め、無謀にも米英を相手に戦争を拡大し、ついには昭和20年の敗戦に至った。
 昨年から今年にかけて、過去と同じ刻限が再び到来している。というのは、人災による福島原発の爆発事故は、国民がそれまで「善」と信じ込んでいたものの正体が表へ現われたからである。「善」なる聖戦と信じていたかつての戦争も、実は軍部権力による「悪」であったことが敗戦によって表にあらわれたのであった。
 ところが今度の福島第一原発は、無惨に破壊された姿を曝しながら未だに敗戦を認めようとせず、他の原発の再稼働をもくろんでいる。
 
 結論として、六十七年前までの日本と現在の日本の類似点と相違点を要約しておきたい。このたびの二重の災害を「第三の敗戦」と受け止めて対策を提案している識者もある。まず類似点としては、
(1)権力と財力を独占したエリート階層が、戦前の国家神道のごとく、原発の安全神話を捏造したこと。「原子力の平和利用」「クリーン・エネルギー」というキャッチフレーズも原爆による放射能アレルギーを解消する上で効力があった。
(2)戦時中は軍部の参謀本部が負け戦を隠したように、東京電力や政府の幹部が不都合な事故のデータを発表せずに隠蔽した大本営発表の復活。(例えば、戦中のミッドウェー海戦敗北と原発事故による放射能データをいずれも隠蔽した) 

(3)原子力関係の予算額は、かつての軍事予算のように際限なく膨らんで行った。
(4)敗戦までの新聞などのメディアが大本営のウソの発表だけを報道したように、現在のマスコミも政府や企業側に偏り、市民の運動を報道しようとしないこと。利害得失で動く御用学者で占められているアカディミズムとジャーナリズムが腐り切っている。(原子力学会には七千人もの会員がいながら原発の危険防止に何の役にも立っていない)  
(5)戦時中に反戦を主張した政治家や国民は、こぞって弾圧を受け、非国民と非難された。あるいは治安維持法により特高(特別高等警察)に逮捕され投獄された。
  
 戦後は、原発の推進に反対した学者は排除され、冷や飯を食わされてきた。原発に反対する自治体や市民は、法律や暴力に代わって、交付金その他 巨額なマネーの力で良心をマヒさせられた。
(6)原発事故は人災であることが忘れられ、「戦犯」に対する責任追求をアイマイにして、かつての「一億一心」「一億玉砕」「一億総懺悔」のスローガンが繰り返されようとしている。かつて戦争終結を遅らせて犠牲者を増大させた「国体護持」の代わりに「原発護持」が目的にならないように注意しなければならない。 
 
 それでは昔と比べて、どんな相違点があるかと言えば、
(1)上から情報操作してもウラ情報が流れる(ネットを通して世界中に情報が流れる)ために統制できない。その意味で、グローバル・ブレインとも呼ばれるIT革命によって、知識は「ろくぢ」(平等)に近づき、上から一方的に情報を操作できなくなっている。あらゆる事態にあって、真実の知識を得ることが最善の解決のための唯一の道であることは間違いない。太平洋戦争の当時、正しい情報を軍部や政府権力が遮断していたために最悪の結果となったからである。
(2)現代の社会では、治安維持法などの悪法や強制的な暴力によって弾圧できない。
(3)被害者の補償が当然の権利として認められ、加害者に支払う義務が課せられる。
(4)国内外からボランティアと義援金による救援を受けることができる。
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Comment

nogaさんへ 

原発の再稼働についての絶望コメントにつづいて、時制がないために現在しか表現できない日本語に原因を求められたコメントを拝読しました。以前にも言語学に基づく日本人の欠点を指摘されていたことは、HPを訪ねて再認識しました。

じつは日本語の文法を意識せずに文章を書いているのですが、時制がないというのは、日本語には過去完了や現在完了など「完了形」がないという意味になるのでしょうか。「・・・する」「・・・した」と、語尾の「る」「た」の違いだけで現在と過去の違いを表しているのは、英語と比べて極めてアイマイで弱い表現だから、過去の反省や未来の展望ができず、現在だけが意味をもつ結果になる、ということでしょうか。

私は日本語の文法は気にせずに作文してきたので、改めて指摘された意味をnogaさんの発表された論文を読んで考えさせられています。日本人の思考パターンを文法から徹底的に追究されているのは noga さんを措いて他に知りませんので、その独創的な発想と論理に敬服しています。

しかし、短所を裏返せば長所にもなるという逆転は起こらないものでしょうか。岡潔(数学者で教育思想家)によれば、心の底に清水のごとき「真情」が流れているのは日本人だけと断言されています。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/6251/index.html


  • posted by 天理みさと 
  • URL 
  • 2012.07/09 08:56分 
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  • [Res]

mistakes 

日本語には、時制がない。だから、日本語は、現実を表すための言語である。
日本語は、実況放送・現状報告のための言語であるといえる。

理想は、非現実の内容である。
現実を表す言語を使って非現実の内容を示すことは難しい。
現実構文の中の非現実の内容は、すなわち真っ赤なウソになる。
だから、日本人は、非現実を述べることもなければ、考えることもしない。
すなわち、無哲学・能天気の状態になっているのである。

日本語を使って非現実を伝えようとすると、悪意はなくとも、すくなくとも絵空事にはなる。これは、漫画の世界である。
理想にはならずして、空想になる。だから、日本人は、なかなか真面目な態度にはなれない。
理想は常に想定外になる。

金は手段か、目的か。
理想が目的にならないならば、金はその手段にはなりえない。
我が国においては、金は限りなく究極の目的に近い。
これは、人生の間違いである。政治の間違いにもなっている。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/
  • posted by noga 
  • URL 
  • 2012.07/08 15:15分 
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コメント this way について 

脱原発賛成のコメントは有難いのですが、少々あきらめ過ぎではないでしょうか。
現在の権力は、いくら横暴とはいえ昔のように国民を抑圧できなくなっている筈です。民衆が目を覚ましてネットを拡散しデモを拡大すれば、また選挙で一票を行使すれば、権力を倒すことも可能なのです。
問題は国民がマスコミの情報を鵜呑みにしたり、情報操作の麻酔にかけられて居眠りしていることにあります。
この状況は政治に限らず、あらゆる分野で通用するように思います。
目を覚まさなければ解決の道を開拓することはできないのです。

  • posted by 天理みさと 
  • URL 
  • 2012.06/23 09:10分 
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  • [Res]

this way 

それでも日本人は、原発の再稼働を選んだ。
一億総ざんげへの道。動き出したら止まらない。
この道は、いつか来た道。ああ、そうだよ、民族の歴史は繰り返す。

耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、もって万世のために太平を開かんと欲す。
座して死を待つか、それとも腹切りするか。
私の父は、玉砕した。何のお役に立てたのかしら。
安らかに眠ってください。過ちは繰り返しますから、、、、

ああしてこうすりゃこうなると、わかっていながらこうなった、、、、、
12歳のメンタリィティには、知恵の深さが見られない。

白く塗られた黒いオオカミの足を見破ることは難しい。
だます人は悪い人。だまされる人は善良な人。おとり捜査は難しい。
この調子では、人の命はいくつあっても足りるものではない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/
  • posted by noga 
  • URL 
  • 2012.06/22 00:39分 
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 原子力の火は、太陽の火とは逆の原理で得られる。太陽は核融合によって光熱を地球にまで、ふんだんに与えてくれているが、原爆の原理は核分裂にある。いくら科学技術が進歩しても、太陽と同じ核融合は人間の知恵では不可能であり。そこに人智の限界をみる思いがする。 ...

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Author:植田義弘
今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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