ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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100歳の天寿を全うした新藤兼人監督

 1週間ほど前になるが、広島出身の新藤兼人監督が100歳で永眠された。夫人は音羽信子さんで「原爆の子」など数々の名画を世に送り出した名監督であった。98歳の時、自ら遺言と語った反戦映画「一枚のハガキ」を車いすの上から監督した。主演の大竹しのぶの名演技が光っていた。

 この「一枚のハガキ」については、2010.11.9 付のブログで、若き日の新藤監督が天理市と珍しいご縁があった経緯を後日談として記録している。その証拠に、映画「一枚のハガキ」の冒頭のシーンに本部南礼拝場の真っ正面からの映像が大写しで出ているのだ。
 そのわけは、戦争末期に後の新藤監督が天理市内の高安詰所(予科練の司令部)で軍隊生活をしていたからで、その時の上官(10歳年下で戦後ようぼくになった)と終生にわたり交流があったので、その上官が映画の始めに本部の写真を映すようにすすめたという裏話がある。

 世にシンクロ現象というものがあるのは常識になっている。故・新藤監督と海軍時代の上官と、数年前にその年老いた上官の戦争体験を取材した私と、ふしぎな縁のつながりを感じたものだった。
 新藤監督を追悼する意味をかねて、1年半前に発信したブログの記事をリンクすることを了解ねがいたい。
 http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/blog-entry-76.html


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 1週間ほど前になるが、広島出身の新藤兼人監督が100歳で永眠された。夫人は音羽信子さんで「原爆の子」など数々の名画を世に送り出した名監督であった。98歳の時、自ら遺言と語った反戦映画「一枚のハガキ」を車いすの上から監督した。主演の大竹しのぶの名演技が光っ?...

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