ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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わが道を行く(その2)神人一体の道

上記タイトルにどんな意味があるのかは、以下の文節をお読み下されば理解して頂けると思います。(紺色の文字は他の自作文からの引用です)
 
*「この身の内離れて神はなし」(教祖のお言葉=山田伊八郎文書より)

 小著『教祖ひながたと現代』に次の一節があります。
「親神はいかなる階層の者も差別することなく身の内に入り込んで守護されている。大名であれ農民であれ、親神様の御守護に隔てはない。この真実の親心を初めて聞いた人々は、教祖のふしぎなたすけに浴して、わが身の内に神おわす有り難さに歓喜し、御恩に報じるためにわが身わが家を忘れておたすけに奔走した。
 しかも教祖は、口で説き聞かされただけではなく、親なる神の「むね」を筆にしるし、どんな人にも隔てない親心を以て自らひながたの道を通られた。」
 
 それまで日本人は、人並み優れた偉人や権力者が死後に神として祀られるか、山や森の奥に鎮まる神社の神しか知らなかったのです。ところが神はどこか遠くにあるのではなく、大名であれ百姓であれ息をして動けるのは、誰の身の内にも同じように神が入り込んで守護されているという真実に目覚めた人々は、未だかつてない悦びを体感し、神名を信じて唱えるだけで病が癒える神秘の証を目の当たりにして盤石の信心を確立していったに違いありません。
 
 明治18年3月28日、教祖の許へお伺いした山田伊八郎・敷島初代は、1年ぶりに教祖からお話を聞くことができ、一語も書きもらさぬよう教祖の前で筆を走らせました。そのお言葉が伊八郎の手記『教祖様御言葉』に記録されています。
 
「一、神ト云てどこに神がいるとをもうやろ。此身の内はなれて神ハなし。又内そとのへだてなし。と言ハ世界中一れつ人間ハ皆神の子や」
 
 これほど分かりやすいお話はありません。神を見ようとすれば、わが身の内を見ればいいのです。いわば身体は、神の働く姿であり、そのモデルといえるからです。教祖直々に説き聞かされた「元初まりの話」には、人間のいのちを創造し進化させるために、どれほど長い年月にわたる苦心が続けられたか、体内で今も絶え間なくいのちを守護している神は、いかに一体となって働きつづけているかを教えられたのでありました。

「天理教学の展開を求めて」より

 体内のあらゆる臓器・細胞は個々バラバラに活動しているのではなく、全身と一体になって、つまり全体のために一刻の休みもなく「つくし・はこび」「ひのきしん」しているのです。それが同時に個々の細胞・臓器の生存を保証し全体の生長発達となるのです。人体はもとより、あらゆる生物が有機体といわれるのはそのためです。
「天理教学の展開を求めて」むすび (その3)より


 八方の神がそれぞれに異なった性質をもちながら、いのち全体のために協力し合って、ひとすじに働いている創造のシステムがかぐらづとめに再現されています。しかも同じ平面に立って、互いに平等な立場で全体のために「ひのきしん」に徹している姿です。この世が成り立つ完全なシステムがここにあるのです。
「かぐらづとめと元の理」より

 ところが、道の先人たちが熱烈に抱いていた布教への情熱、神のご守護に対する強烈な感動が、なぜ現代のわれわれに心底から湧き上がってこないのでしょうか。昔と同じ信心を復活することはできないのでしょうか。先人が身上たすけに奔走したように、多くのようぼくが「にをいがけ・おたすけ」に情熱を傾けることができないのは何故でしょうか。
 以上の理由について、私なりに真剣に自問自答してみたい。
 理由の一つは、世の中の変化にあると思われる。というのは、身分や男女の差別があった明治の時代と違って、戦後は教祖の「ろくぢに踏みならす」「谷底せり上げ」の預言通り、差別が撤廃され自由・平等になり人権が尊重されるようになったため、神が分け隔てなく守護されるのは当然で、特別に有難いこととは受け取らなくなったのだ
。これは教祖の教えに価値がなくなったのではなく、逆にその真実性が証明されたことを意味している。

 しかし、戦前に応法の道として発展した教会にとって、教会長であれ、ようぼくであれ未信者であれ、分け隔てなく平等に神が身の内に入り込んで守護されていると説くことは「不都合な真実」であり、上級や「理の親」を立てる信仰と矛盾する故に、「身の内離れて神はなし」という教祖のお言葉は埋もれてしまったのである。
 さらに、神が人それぞれの身の内に在るとすれば、極端に言えば教会へ参拝しなくても自分を拝んでいればよいと錯覚しかねない。そうなると教会の存在意義がなくなるので、やはり神様は、教会の立派なお社に鎮まって神饌や御供を待ち受けていてもらわなければ不都合になるわけである。
 実はこうした受け取り方は、本来の教会の目的や存在理由とは何も関係はない。何故ならば、教会は本来、ようぼくが寄り集う「つとめ場所」だからであり、神殿に鎮座するお社を拝むのが目的ではないからだ。その理由は後述する「ご神体としてのいのち」を読み進めて下さればお分かり頂けるはずである。
 
 もう一つの理由は唯物科学の発展と普及にある。体内(身の内)をいくら解剖したり、CTやMRIなどの最新機器で診察しても、どこにも神が見当たないのは当然なのだ。しかも、胃腸や心臓や皮膚などの組織から生命の機能が生まれるという逆さまの考え方から出発しているのが現在の医学なのだ。その証拠に、脳から心が生まれることを当然の前提としている。パソコンやテレビが外からの入力によって計算したり映像を写すことができても、その意味や価値は何も知らないように、脳も心が働くための場所であっても、自発的に心のエネルギーを持続して知情意を作り出すことはできない。要するに、いのちの根底にある「守護の理」を認めない医学や分子生物学が正しいはずはない。
 ここでは、これ以上の論述はできないので、小著『元の神・実の神』一章「いのちの不思議」二章 「心と体のしくみ」を参照して頂く他はない。
 なお、唯物科学を徹底して批判した数学者・岡潔博士の業績については、別サイトの個人研究「情緒と幼児教育」を訪ねて頂きたい。
 本当は、権威のない私のような者が教学を構築するよりも、大学で研究している専門の学者が、現代の唯物科学への批判を含めて天理教学を展開する未来に期待したい。

*ご神体としてのいのち

 理の上から思案をしますと、本来「つとめ場所」とは、他宗教のように仏像やご神体の剣などを祭ることが目的ではないのです。つとめの対象となるご神体は、鏡でも社でも甘露台でもなく、つとめの奉仕者自身がご神体なのです。文字通り人体は、神が入り込み、神のからだをお借りして生かされている故にご神体に違いないのです。従って、つとめ自体が礼拝の対象であり、そのつとめをする場所を建てることが教会ふしんの目的であるはずです。
 「鏡やしき・ぢばの理と人間の責任(その9)」より

 古代から神社では神楽(かぐら)が奉納されていましたが、ごく限られた神官や巫女(みこ)だけが舞台に立てる儀礼でありました。教祖が教えられた十二下りの「みかぐらうた」は、誰でも心次第で参加できるのです。
 いわば、鳴物を入れておうたを唱和する地方(ぢかた)とともに、てをどりに奉仕するようぼく自身が“生けるご神体”であって、心身ともに一体となって躍動する姿を神様に受け取って頂いて、神人和楽の境地に参入することが「つとめ」の意義といえるでしょう。
 教祖が元治元年におやしきで初めてふしんを始められた「つとめ場所」は、文字通り、つとめを勤めるための場であって、何かの物体で作られたご神体を祀るための神殿ではありません。現に教祖ご自身が、社(やしろ)は社でも月日親神様の“生ける社”となられたのです。

 <原典に基づく信仰を確立しよう>(1)「みかぐらうた」より

 以上の受け取り方に基づけば、神人一体の教理と教会の存在が矛盾しないことは明らかであろう。但し「神一条からは万分の一の道」といわれる教会が、教祖の道へ復元するためには、教祖が扉ひらかれた明治20年に立ち戻って再出発する以外にないと思われる。

(「おさづけと神人一体の道」につづく)


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今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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