ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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(つづき)再び「善と悪とはみな現われる」刻限

 明らかに過去の「善と悪とはみな現われ」た刻限は、戦争が敗戦に終わった年、昭和20年であった。その年、原典で預言されていた通り、世の中は逆転し、軍部独裁権力の「上・高山」が崩壊し、世の中が「ろくぢ」に踏みならされたのであった。80余年前の昭和の始め、富国強兵の国策に歯止めが効かなくなり、陸軍が予算を独占して満州から中国に侵略を始め、無謀にも米英を相手に戦争を拡大し、ついには昭和20年の敗戦に至った。
 昨年から今年にかけて、過去と同じ刻限が再び到来している。というのは、人災による福島原発の爆発事故は、国民がそれまで「善」と信じ込んでいたものの正体が表へ現われたからである。日本各地の海岸に原発が立ち並ぶことになった裏側には、絶対安全な原子力の平和利用を推進する国策によって莫大な予算を計上し、反対者たちを金の力で分裂させた政官財の利権構造が表へ現われたのである。

 いま一度敗戦前後の時点に戻ると、当時、満州で権勢を誇っていた関東軍司令部は、敗戦直前にソ連が満州へ侵入してくるとの情報を知って、早く武器を捨てて帰国せよとの大本営からの命令をよいことに、数十万の在留邦人を見捨てて真っ先に日本へ逃げて帰ったことが知られている。つまり、国民の生命を犠牲にしても自分の安泰な立場を守ることしか考えないのが軍部の「上・高山」であった。その態度は、東京電力トップの対応でもあったことは、原発の爆発事故後の言動で明らかであろう。
 関東軍に帰国を命令した大本営の軍部官僚は、その後も責任を免れたばかりか、ソ連政府に送ったハレンチな文書が発見されている。その文書には「満州の在留日本人は軍人・民間人を問わずシベリアへ連行して自由に使役した上、日本へ帰国させる必要はありません」と書かれている。その結果、実際に60万人の日本人がシベリアへ抑留され、零下30度に達する厳寒の中で強制労働され、多くの犠牲者を出した。その苦難に耐えて帰国した抑留体験者の一部は、前述の文書を証拠として「自分たちは国から棄てられた」という理由で政府を相手に棄民訴訟を起こしたことは、あまり知られていない。

 とはいえ、上に立つリーダーがみんな「悪」というのではない。終戦直後の内蒙古において、前述した大本営の命令に抵抗して無線機を破壊し、在留する数万の日本人を守るために4万を超えるソ連軍と戦った根本中将の率いる5千人の部隊があった。戦死者は80人ほど出たが、その勇敢な兵士たちのおかげで、民間人は全員無事に脱出して帰国することができたという。
 その戦いに当時中学生(13歳)ながら日本軍と一緒に戦闘に加わった高齢者(森 勝彦さん)が奈良県内に生存していて、直接ご本人に私自身が取材した証言「内蒙古からの脱出」をHPで公開しているので、参考にごらん頂きたい。

 福島第一原発の場合も、安全を担保する修復のために放射能を浴びながら働いている多数の現場作業員がいる。事故当時の吉田昌男所長は食道がんのため中途で退職したが、現場の責任を果たすために献身的な努力を続けた人であった。
 良心的な学者の中には、昨年7月の衆議院厚生労働委員会の席上で、
「私は国に満身の怒りを表明します」
「7万人が自宅を離れてさまよっているときに、国会は一体何をやっているのですか!」
 と爆弾発言をした児玉龍彦氏(放射線防護学の専門)もあった。(著書『内部被曝の真実』幻冬舍新書)
 また、放射性廃棄物処理の専門家として3・11直後の総理官邸で内閣官房参与を勤めた田坂広志氏は、3月中旬には「最悪の場合には、首都圏3千万人の緊急避難を必要とする可能性もあった」と語っている。さらに、今も原子炉の冷温停止状態の不安定さを指摘し、今後の気の遠くなるような使用済み核燃料処理の困難な問題を踏まえて脱原発への方向転換を主張している。(著書『官邸から見た原発事故の真実』光文社新書)

 要するに、日本国を人体と見れば、頭も胃腸も手足も一体となって協力し合ってこそ、健康を保持し成長することができる。足の小指1本でも傷つけば、同じ体の一部だから痛みを感じる。体内のどの部分でも、文字通り一心同体だから、どんな異常があっても他人事ではない。
 ところが「上・高山」と呼ばれるエリートの中には、自分が日本の一般市民と同体とは思っていない人達がいる。だから、どんなに民衆が難儀していても、自分は痛みを感じない。国民は自分の利権や保身のために利用し支配する対象としか考えていない。

 その一方で、先日の3・11一周年を1週間前にした野田首相は記者会見で、原発事故の責任を問われて答えた言葉がある。「東電も政府も学会も安全神話に浸っていたのが原因だから、個人を責めるのではなく誰もが責任の痛みを分かち合い、教訓として学ぶべきだ」と。
http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2012/03/post-0e07.html
 この言葉にダマされてはならない。「痛みを分かち合う」という言い方で、政府や東電の責任をウヤムヤにしているのではないのか。じつは政官財のトップは何も住民の「痛み」を感じていないのだ。実際に、あれほど多くの住民が放射能汚染のために避難を強制されているのに、誰も責任を取って辞任したという話は聞かない。
 原発事故の責任は、原発以外のエネルギー開発を抑止して推進してきた当事者にあるのであって、安全神話にダマされた国民全体に責任はない。かつて敗戦に至った責任を、時の皇族首相の「一億総ざんげ」の一言でウヤムヤにされた過去を繰り返してはならない。

 タテ割りの官僚制度は、責任を取らなくても済むように出来ている。例えば原子力委員会は内閣府に、原子力保安院は経産省に、事故による被害者の補償は厚労省に所属しているので、それぞれ自分の業務範囲ではないとの理由で責任を免れることができるシステムになっている。一市民として私たちは、この1年とこれからの1年をかけて、正しい判断をするために真実の公正な情報を入手する努力がますます必要となるであろう。
 タテ割りといえば、教内の制度もその通りで、今や構造的な矛盾が極限にまで拡大している現実を誰も否定できないであろう。次回から、私が20年以前から指摘してきた教内の二重構造について、その根本的原因を追求してみたい。

(3/17 追記)
 組織構造について考える前提として、ぜひ「人体をモデルとする組織論」を一読・再読して頂くことをお願いしたい。
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Author:植田義弘
今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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