ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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「理の親」は教理ではない

 すでにご存じの方もあるかも知れないが、「天理教社会学研究所」というタイトルのブログが評判になっている。発信者は匿名で、知合いに教会長など天理教関係者はいるが、自分は信者ではない立場から、社会学的に(というのは、好き嫌いなど感情を交えず「客観的に」という意味に私は受け取っているが)天理教の枠内では見えない視点から、現状をさまざまな面から分析されている。
 最近そのサイトで「理の親」について連載されている記事を読んで、黙っていられなくなり、下記のようなコメントを投稿した。参考までに、ここに転載しておきたい。(内容の一部を訂正)

「理の親」は教理ではない
<いつも客観的な立場から天理教の現状を分析されている内容を参考にさせて頂いております。「理の親」について連載されている中に、歴史的な視点から徳川政権に触れておられるので、「理の親」という制度(まさに制度に違いありません)の成り立ちについてコメントしたいと思います。

 
徳川幕府以来、日本は儒教による身分と階層の差別による秩序で固められていました。そのために、日本における人間関係は疑似血縁制(他人であっても親子に擬した制度)で成り立ってきたといわれています(山本七平、岸田秀など)

 
一方、天理教は啓示による原典を教理の基本としていますが、明治から昭和20年に至るまで、政府により「みかぐらうた」は部分的に削除され、「おふでさき」は短期間を除いて60年間にわたり発禁、「おさしづ」が全教会に配布されたのは、明治20年から80年後の昭和40年ですから、まさに歴史の悲劇というべき空白がありました。その間に天理教には、教祖の教え以前の身分を肯定する儒教的な疑似血縁制、階層的な道徳が混入してきたのです。
 
原典「おさしづ」には「理の親」という語句は唯一回、教祖を示す意味で使われているだけで、教会長や役員は「親の代わり」「親の役目」を果たすように諭されている場合があっても、先天的に「理の親」の立場を認められている言葉はありません。

 
要するに、戦後の原典に基づく「復元」は建前に過ぎず、制度としての「理の親」は今も続いているのです。制度を変えるためには、別の民主的な制度を取り入れなければ不可能です。このままでは、教理にもなく、戦後の法律にも反した、時代錯誤の世にも不思議な教団としての存在価値しか認められなくなるのは当然でしょう。>
(追記)
「理の親」が教理ではない証拠として、過去の教義学研究文献(深谷忠政氏その他)において、「理の親」という語句に触れたり、教理として取り上げている文献は皆無であることからも明らかであろう。
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  • 2014.08/04 16:13分 
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mamaさんへ 

お尋ねの件ですが、「嫁いだ先の親」は先天的(生まれた時から決まっていた)ではなく、夫との縁による義理の親子の関係です。とはいえ、前生から深い縁があると悟るのが信心のあり方といえるでしょう。
自分が「義理の親をおかしいと感じる」という意味であれば、信仰は一名一人ですから、義理の親と同じように信じる必要はありませんし、背くことにもならないと思います。といっても、義理の親と不仲になってまで自分の信仰を主張しないほうがいいでしょう。
  • posted by みさと 
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  • 2012.04/26 22:37分 
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突然すみません… 

少し疑問に思ったので、質問させていただきたいのですが、実の親は先天的というのは理解できるのですが、嫁いだ先の親というのはどちらになるのでしょうか?また、義両親が上級の会長さんを理の親だと崇めていることがおかしいと感じることは義両親からすれば親(義両親)に背いているということになるのでしょうか?
  • posted by mama 
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  • 2012.04/25 10:34分 
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よう木さんへ 

質問にお答えする前に補足しますと、「理の親」は制度というよりは、不文律の慣習に近いと考えるほうが判りやすいでしょう。もちろん教理でないことは間違いありません。実の親子関係は先天的に決まっていますが、教会における人間関係は先天的ではなく、後天的な役目あるいは職務であるということです。それを先天的な関係と間違って受け取るから「どんな親でもたんのうせよ」と責任を転嫁される結果になるのです。
ところで、先代の後を継いだ血縁の会長にとっては「親会長」に違いありませんが、それ以外のようぼくは「前会長」と呼ぶのが適当でしょう。血縁以外の者が「親会長」と呼び慣わしてきたのは、やはり会長を先天的に「理の親」として受け取る慣習に従っているからです。世間一般でも「親社長」「親首相」とは呼びません。「旧長さん」というのは聞き慣れない呼び方で、第三者には意味がわかりにくいと思います。
もし、まだ疑問点があれば、遠慮なく指摘して下さい。
  • posted by みさと 
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  • 2011.12/21 22:01分 
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「理の親」と「親会長」について 

「教祖ひながたと現代」をあらためて読み直し、と同時に先代の会長さんのことを親会長さんと呼んでいたことを思い出しました。いつの頃か記憶が定かではありませんが、これからは旧長さんと呼ぶようにとのことで、当時は深く考えずにいました。このことと「理の親」の教理は関連しているのでしょうか?例会に参加させていただければ良いのでしょうができません。いきなりの質問をお許しください。
  • posted by よう木" 
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  • 2011.12/21 11:46分 
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