ブログ<原典からの出発>(since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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66年目の敗戦の日

 もうすぐその日がめぐってくる。毎年の旬だから、戦争について書くことを了解して頂きたい。ふつう「終戦記念日」という言い方をするが、実際は310万人の国民が命を失って、ようやく無条件降伏した敗戦の日であることに間違いない。
 66年前のその日まで、13歳の少年であった私を含めて日本人の99.9%までは、戦争に負けるとは思っていなかった。あれほど不利な戦局や日本全国にわたる空襲があったのに、なお勝利を願っていたと信じられないのも当然だが、本土決戦が叫ばれ、米兵を模したワラ人形を竹槍で突き刺す訓練を続けていて、冷静になって敗戦を考える余裕さえなかった異常な状況であった。一方、不利な戦局や日本全体の空襲情報は一切発表されず、戦死者の数でさえ、各県ごとの人数はわかっても全国の合計は計算できないように情報操作されていた。軍部政権に限らず「上・高山」の権力者は、昔も今も不都合な情報を隠蔽しようとする。ただし今は、上下の隔てなく平面的なネットにウラ情報が流れるために、思うように「まま」にならない点で大きな違いとなっている。

 敗戦を「終戦」と言い換える場合に限らず、日本人は不都合な事実から目をそらすために、上手に言葉を使い分ける。例えば、原子爆弾が広島に投下された当時は「新型爆弾」と呼ばれていた。戦中は日本軍の退却を「転進」、全滅を「玉砕」、戦後の占領軍を「進駐軍」と言い換えた。その上、原爆と同じ核分裂に違いない原発を「原子力の平和利用」と言われると、なるほど平和なら安全というイメージが定着していた。
 昨年のノーベル賞を受賞した本物の学者は、原子炉の火をつけることはできても、火を消すことができないのは本物の技術ではない、と批判している。日本国民にとって福島原発の爆発事故は「3発目の原爆」と指摘している専門家もある。

 ところで私は、7年前から教内教外にこだわらず戦争体験を収集してきて、今では130人に余る証言を、男女を問わず年齢順にHP<戦争を語りつぐ証言集>に公開している。その取材や編集の作業を「ひのきしん」のつもりで続けてきた。
 そのHPを人気ブロガーが早くから評価して紹介してくれたおかげもあり、今では延べアクセス数18万人超になっている。8月が近づくと、アクセス数も毎日100人前後に増える。さらに、昨年度からは一般の平和財団や福祉財団から認められて助成金を受けることができ、活動がしやすくなった。それまでの5年間は、文字通り赤字の「ひのきしん」であった。

 昨年に引き続き、今年も小中学校での課外授業に戦争語り部を派遣する企画が具体化されつつある。8月に入ってマスコミでも戦争に関連する企画が立てられ、全国紙の記者からの電話で取材の申込みや戦争体験者の紹介依頼が入り、9日には記者と面談した結果、続いて11日にも、今年になって私が取材した95歳のシベリア抑留体験のある超高齢者宅へ記者を案内することになった。いずれ写真入り記事として紹介されることになっている。
 参考になるかどうかわからないが、<戦争を語りつぐ証言集>サイトをリンクしておきたい。

 証言サイトの社会的な反応と比べると、教内に向けたHPやブログの反応は、まことに寂しい気持ちにさせられる。その場限りで訪ねて下さるようぼくの方々はあっても、長文の資料や原典解読のファイルに関心のある方は僅かしかいない。原典研究会はもちろんのこと、最近公開した東京教区資料の希望メールも5、6通しか届いていない。やはりネットの効用は、その場かぎりの新奇な情報や裏ネタを探すことに限られるのかも知れない。
 こんなグチを言っても始まらない。たとえ少数であっても必要を感じて下さる読者のために、今後も続けていく気持ちに変わりはないが、身も心も一つしかないので、多少間隔が空くことをお許し願いたい。
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Comment

有難う御座います 

小意・大意とも「ほこり」が あしき との解釈を頂きますと、人間は かみにそむく行為ばかりですね、うそ と ついしょう がおおほこり といわれますが 「上・高山」の嘘、「上」へのついしょうも嘘をいうことですから、これからは 「まこと・誠」を中心において勇ませて頂きます。
つとめの姿勢・心構えで、我欲的祈り(無理な願い)で つとめ をしていると 勇めない意味が理解できました。やはり ひとすじこころ(神一条の精神)が大事なことなのでしょう。
 今は朝夕のおつとめはしていませんが、誠の祈願という意味では
毎日つとめさせていただこうという気になります。努力いたします。
 誠にありがとうございます。

念仏派さんへ 

なるほど「みかぐらうた」も唱えるだけなら念仏と同じになりかねませんね。
お尋ねの「あしき」の元は「ほこり」の他にないと思います。「いんねん」とは「ほこり」が積み重なりこびりついた状態というべきでしょう。その「あしきをはろうて」と祈るのは、「かみのまえにはよくはない」と歌われているように、神に向き合って初めて「ほこり」を自覚し反省することができるからでしょう。
もちろん「ほこり」を払って「心すみきる」のは、心の自由を許された人間の側の責任ですから、神に祈りさえすれば「あしき」が消えてなくなるのではないのです。答えになっていなければお許し下さい。
  • posted by みさと 
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  • 2011.08/17 21:34分 
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返事言 

みかぐらうた をただ念仏のごとく唱えてしまいがちでございます。
つとめ を念仏信仰のように考え、惰性的信仰に陥りやすい為、自省の念より、自らを戒める為に、「天理教念仏派」とモジリました。
ややこしくてすみません。
 ちょいとはなしかみのいうこときいてくれ・・・・の親神さまからのお願いなのか? あしきのことはいわんでな と続きますが、
 このようの ち と てん とをかたどりて ふうふ を こしらえきた るでな これはこのよのはじめだし  という お歌ですが これは 「親神の宣言」と受け留め、要約された御言葉と考えてよろしいの ですね?  
 それと あしきをはろうて たすけたまえ・・・・
      あしきをはろうて たすけせきこむいちれつすまして・・
  上記の「あしき」とありますが、小意の意味(個人だすけ)で伝統的解釈すれば
 自分のいう念仏信仰に陥り、においがけ おたすけ 別席 おつくし ようぼくの使命 と 信仰態度を 形骸化し 自らして自己矛盾に陥ります。
 そこで先生にお尋ねしたいのですが。
 「あしき」 とは、 「親神のいう あしき」 についてのお考えをお聞きします。親神さまが 人神和楽 の宣言をされているのに
 自己矛盾をするような解釈では勇めません。「自由解放宣言」
 のような解釈のしかたは無いのでしょうか。
 つとめ と さずけ は重要な意味が有ると思います。解釈が違えば勇めません。よろしくお願いいたします。

kyo-yaさんへ 念仏派さんへ 

「上・高山」は、いずれ必ず「ろくぢ」に踏みならされる時代が到来すると信じます。その証拠に、明治から戦後にかけての歴史で、当時の「上・高山」(軍部政権)は崩壊し、ずいぶん「ろくぢ」になりました。そして今また「上・高山」の正体が白日の下に曝されつつあります。「ろくぢ」になる道具としてネットも普及しています。歴史の進歩をみると、親神の神意によって「ろくぢ」の方向へ導かれていることが明らかに見えてきます。

念仏派さんへ
教祖ひながたを「わが事」として受け取っておられることに敬服しました。それでこそ「神一条の精神」を確立することになると思います。何事についても教祖ひながたを思案して通らせてもらえば、決して間違いないでしょう。但し、念仏より「みかぐらうた」を唱えて下さい。
  • posted by みさと 
  • URL 
  • 2011.08/16 08:51分 
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No title 

私は戦争を知らない世代です。子供の頃は、テレビで放送している戦争の特番はあまり見ませんでした。今からの人間は、戦争をしなければ良いだけだ、と思っていました。8月6日にNHKで放送された番組で広島、長崎の原爆投下の情報をキャッチしていたのに空襲警報が出されなかった。長崎の場合5時間前にB29が向かっているのを知りながら九州にいた、航空部隊に出動命令も出さなっかた。
そんなことを知り、大変ショックを受けました。先生の言われるように昔も今も「上・高山」は変わらない事が実感できました。
これから先も変わらないのでしょうか?もしかしたら、此の世は、こう言う世界なのでしょうか?天理教の中も世間並みですし…。
  • posted by kyo-ya 
  • URL 
  • 2011.08/15 18:25分 
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一言 

 家族崩壊の 時代もまた おやさまひながた の道と気付く
昨今、自分の身に顕せり ひながたの道 喜んで通らせもらう気持ちです。子供に自分の通った道を踏ませてはならないと思う親の気持ちは誰しもあるのでしょうか。なかなか「親のこころ子知らず」とはよく言ったものです。子が悪くない親が悪いのや とはなかなか言えませんよ。今の時代でも我が家系の存続を大事にしようとする自分に一抹の寂しさを感じ、おやさまのお通り下された時代にくらぶれば、もったいない次第です。文句をいうなぞ甚だしいことです。
 家族制度という上下関係、「嫁を貰うなら下から貰え」という階級社会のなごりを真に受けての染み付いた考え方が今だ自分自身にも伝統的常識として賛成する考えを知らず知らず植え込まれていることに気付く。おやさま 申し訳御座いません。
自分自身の高塀を打ち壊すのに余程時間の掛かること、大変なふしんです。みなさま祝うて下さい。自分の娘二人とも他所に貰われまだ文句をいう 偽ようぼく顕在
 ひながたに観る時代と今の時代 比べようの無い時代である。 真実の親 は ただ御一人方であるとつくずく思わせていただきます。

お初 

ご都合主義の読者で反応が遅くなり、先生のお怒りが目に見えます。さぞかし おやさま も先生と同じ思いをなされていたのでしょう。おゆるし下さい。登録をしましたのでこれからは敏感でいます。
今後ともよろしくお願いいたします。

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