ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

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教祖が迫害を受けた理由について(その1)

(はじめに)

 今、日本人の長所については世界中で再認識されている。「たすけ合い」「義援金」「救援隊」「ボランティア」など、150年前に教祖が難渋な人々に施され、自ら通られた たすけ一条の道は、今では社会のすべての人々から善行として認められている。
 天理教という教団に対する見方は別として、いま、教祖ひながたの道を非難する日本人は誰一人いないだろう。

 しかし、そんな日本人が、幕末から明治にかけて、なぜ教祖を非難したり、警察に拘留したり、官憲をはじめ大衆(村方)が、こぞって迫害したのだろうか。
 教祖がご存命であられた頃の日本は、徳川末期から明治にかけての時代であった。その頃、日本社会は、階層的秩序で維持されていた。明治維新によって幕府が倒れ薩長が政権を握ったが、それはあくまで「高山」(権力者)の交代であり、「高山・谷底」を「ろくぢ」(自由・平等)に変革するためではなかった。
 
(日本の階層的秩序)

 アメリカの人類学者ルース・ベネディクトは名著『菊と刀』の中で次のように述べている。
<明治政府を運営した精力的で機略縦横の政治家たちは、日本の階層制を絶滅せしめようとする一切の思想を斥けた。王政復古は天皇を階層制の頂点に据え、将軍を除去することによって、藩主に対する忠誠と国家に対する忠誠との間の矛盾を取り除いた。>
<(神社の)神官の全国的階層制は政治的階層制に並行するものであって、権威の系統は最下位の神官から、郡市および府県の神官を経て、「閣下」の敬称をもって呼ばれる最高の神官に及んでいた。>
(当時、天理教会は神道に所属していたので、今も豊田墓地には、神道の位階を仰々しく刻名した石碑が立ち並んでいる)
<このように日本人はたえず階層制度を顧慮しながら、その世界を秩序づけてゆくのである。家庭や、個人間の関係においては、年齢、世代、性別、階級がふさわしい行動を指示する。政治や、宗教や、軍隊や、産業においては、それぞれの領域が周到に階層に分けられていて、上の者も、下の者も、自分たちの特権の範囲を超えると必ず罰せられる。”ふさわしい位置”が保たれている限り日本人は不服を言わずにやってゆく。彼らは安全だと感じる。>

 要するに、幕藩体制にあっては、天皇と庶民との間に藩主という権力が介在していた故に、日本全国を統一支配できなかった。
 ところが明治維新は、「一君万民」を標榜する尊王攘夷の思想によって、庶民を統一支配するために邪魔であった藩主を取り除いた。その結果、天皇という一人の権威(階層制の頂点)によって全国民を従わせることができるようになった。その後の対外戦争は、すべて天皇の名において国民を総動員することができた。
 明治維新によって幕藩体制が解体されたとはいえ、徳川時代に固定された階層制は社会秩序の土台になっていた。その階層的秩序こそは、キリシタンをはじめ中山みき教祖を迫害し禁圧した理由であった。

 ここで、日本人の特質を分析した山本七平氏は、著書の中で、最もよく宗教弾圧の理由を示している文献として、江戸時代中期(17世紀)の代表的な学者・新井白石が、渡来したキリスト教の宣教師シドチを尋問した記録『西洋紀聞』を挙げている。その原文の一部は小著『教祖ひながたと現代』でも引用したが、ここでは山本七平著『日本人と組織』の中から一節を紹介したい。

<白石がキリシタンを排撃せねばならぬとした最も大きな理由は、彼の言葉を借りて表現すれば、その「二尊」主義にあった。白石は、キリスト教の神とか天とかいう概念を、だいたい中国のそれと同じようなものと考えている。この点に問題はあるが、それを一応除外すれば、彼は、西欧的体制と日本的体制の基本的な違いを正確に見抜いているのである。
 彼は中国を例にとり、中国では天を祀ってよいのは皇帝だけであり、個人は天を祀ることは許されないとする。簡単にいえば、皇帝は天を祀り、諸候は皇帝を天として祀り、臣下は諸候を天として祀り、子は父を天として祀る。これによって秩序が成り立っているであるから、もし個人が、この秩序を飛び越えて天を祀れば、その個人には「二尊」ができる。こうなったら秩序は成り立たない。子はあくまでも親を天とすべきで、親を飛び越えて子が天と直結したら、その子は、「親と天」という二つの天につながるから、心の内に「二尊」ができる。・・・>
<その組織とは別に、自分は他の「天」に直結せず、直結していない方が、その人間は精神的に安定するわけである。>

 現在の教内組織になぞらえて言えば、「天の言葉」である原典を拝読するよりは、「理の親」あるいは真柱を「天」と同一視するほうが「精神的に安定」していられることになる。

 すでにお分かりのことと推察するが、教祖が官憲から迫害を受けた理由は、キリシタンと同様であった。つまり、中山家の親を天とするべき農家の主婦の分際(ぶんざい)で、藩主や将軍はもとより天皇を飛び越えて「元の神」「月日親神」を祀るのは、日本の伝統的秩序を乱す不届き者とされたのであった。
 その後、昭和の敗戦を経て大変革された日本は、社会福祉とボランティアを重視し、信教の自由が保障される国となった。もはや天皇を天と仰ぎ、命を捧げる日本人はいない。戦争中に日本軍隊を暴力で支配していた階層制秩序は崩壊した。そして誰に遠慮なく「元の神・実の神」を信じ、「元初まりの理」を説くことができるようになった。
 にもかかわらず、教祖の道を邪魔立てした伝統的秩序の観念は心の深層にこびりつき、古い組織の中に生き続けている。つまり、教内における「理の親」信仰は、まさに教祖が迫害を受ける理由であった階層的な秩序を、教祖を信じると言いながら後生大事に守っていることになる。これほどの矛盾撞着が他にあるとは思えない。

 今でも生きている階層的な見方の実例が他にもある。日本人は、自分より立場が上か下かで相手の意見を判断するクセがある。相手の立場が自分より上ならば、無条件に信じて随順する一方、相手が下の立場なら、どんなに素晴らしい意見でも平気で無視してしまう。自分と同じレベルの立場の相手の意見は、内容の良否にかかわらず軽視する。
 こうした価値判断の仕方は、教内にも色濃く現存していることは否定できない。学者という権威ある立場のない私は、原典に関する研究を不当に無視された経験は山ほどあったと自覚している。(つづく)
(次回は日本的組織分析の続きを連載する予定です)
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今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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