ブログ<原典からの出発>(since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

Archive [2010年09月 ] 記事一覧

「一手一つ」はスローガンに過ぎないのか

「立て替え」の(2)を連載するつもりであったが、たまたま昨日わが事として体験した官僚主義的な出来事を報告しておきたい。 些細な事といえばそれまでだが、私には黙って引き下がれない出来事であった。というのは、昨日午後から天理市民会館やまのべホールで「第32回奏でる一手一つ」(天理教音楽研究会主催)が催された。身内が出演するので私は会場へ駆けつけようとした。天理駅の真東に当たる本部管理の広大な駐車場なら間...

<月例ミーティング案内>

 ようやく秋の涼しい季節となりました。 近畿圏内の読者および当日帰参される方が対象となりますが、ご都合のつく方は 気楽にご参加くださることを期待しています。◆日 時 9月25日(土)午後1時30分~5時◆会 場 中和詰所4階です。(今月の会場にはクーラーの設備はありません)     1階ホールからエレベーターで4階まで上がった処の案内板に     部屋番号を記した紙を貼っておきます(当日まで部屋番号未定...

龍馬と天理教(つづき)

 龍馬が脱藩した頃の日本の国は、全国が大小の藩によって分割され、それらの藩はすべて徳川幕府によって支配されていた。支配といっても中央集権ではなく、藩ごとに権力をふるう数多くの藩主(大名)が並存していた。各藩は士農工商の身分差別による封建制度の体制であった。各藩の上に立つ幕府は、すでに武器を後ろ盾にした欧米と対等に交渉する力を失っていた。 龍馬が脱藩した理由は、藩閥を超えて日本人としての自覚に目覚め...

龍馬と天理教

 NHKの大河ドラマ「龍馬伝」が人気を呼んでいる。先週は「薩長連合」が放映されていた。私はとくに龍馬の「脱藩」に関心がある。その理由は、天理教の系統教会からの「脱教」と関連づけて連想するからだ。 龍馬は文久2年(1862年)26歳のとき脱藩した。幕末の頃になっても、無断で脱藩する行為は、家名は断絶、本人は罪人となり、捕まれば死刑になる場合もあった。脱藩した龍馬は九州を放浪した後、江戸へ入り、年末には勝海...

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プロフィール

植田義弘

Author:植田義弘
今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

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ブロマガ<原典からの出発>

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