ブログ<原典からの出発>(<心のテープ>改め since2009.12.16)

天理市から発信する 教内外の情報満載のブログです。 10年前から開設しているHP<天理と刻限>の姉妹版として、 原典と現実をむすぶ「理」の情報を提供します。

Entries

6/25 (日)道の原典研究会案内

 刻限を迎える心構え

 いよいよ刻限の当日となります。「とめふで」に
「朝の日の出から日の入りまで、気をつけにゃならん日がある。やれおそろしや恐ろしやと思うたら世界の理に巻き込まれる」
と記されています。
 心を定めて平常心を失わず、たすけ心に徹して行動することを元なる神は期待されているのです。

 もちろん今年の6月25日と予想する理由は、「とめふで」に「三六二五の暮合いに、これを百十五年限りとす」と啓示されているからです。
「*六二五」を六月二五日と受け取り、末尾に「明治三四年」と記された「とめふで」から今年はまさに百十五年目に当たります。6月25日はまた朝鮮戦争開戦の日でもあります。
 もちろん人間の心次第によって「刻限はいつとも言わん」という啓示もありますから、予定が変更されることもないとはいえません。

 過去をふりかえれば、昭和20年8月15日、敗戦とともに日本が大変革を遂げた最初の日でもありますが、「おふでさき」の中には、
 けふの日ハなにがみへるやないけれど
 八月をみよみなみへるでな      五号ー56

 たんたんと十五日よりみゑかける
 善とあくとハみなあらハれる     二号ー44

 としるされています。これは偶然の一致という見方もあるでしょうが、神の世界には偶然はあり得ないし、本来は時間も空間もないのです。その日から善と悪が表へ現われた歴史的事実は間違いないのです。
 私どもの「いのち」にしても、元初まりの理のはたらきが今も一瞬の休みなく体内での新陳代謝として続いているからこそ生きていられるのです。
 ただし私どもの原典研究会は、徒らに危機や恐怖を煽り立てているわけではありません。
 過去の歴史において、確かに第一から第三までの刻限が実現した事実認識に基づいて、必ず第四の刻限が到来することは間違いないと信じているからです。(第一は天保9年10月26日、第二は新暦明治20年1月26日、第三は同じく昭和20年8月15日)
「刻限」とは、決して人間同士がつくり出す偶然の日ではなく、陽気づくめの世界に立替える神の予定が実現する日を意味しているのです。

 6月25日当日は例会場へ移動するよりも身近かな場所で準備を整えるほうを選ばれる方はムリに参加をおすすめするつもりはありません。
 いずれにせよ、準備万端を整えて心静かに刻限を待ちたいと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
会 場:三島公会堂 1階 東会議室

   (天理市三島町407/本部より本通り商店街を西へ徒歩10分

   又一呉服店の角を右へ50m右側/道の北側に広い駐車場あり)

日 時:6月25日(日)午後1時~4時30分

テーマ 「とめふで」が現実となる「第四の刻限」迫る
     緊迫する米国・北朝鮮情勢
     万能酵母液は放射線防御にも有効
     参加者の自由な発言と提案

参考資料「とめふで」
http://www.geocities.jp/kokugen3625/tomefude.html

参加費 1人500円(会場費、茶菓代、配布資料を含む)

個人相談(担当=岩井 猛 顧問)



スポンサーサイト

今の日本人はノンキ過ぎる?

先日6/6に高浜原発が再稼働を開始して、今日午後には臨界に達し発電を始めるとのニュースがありました。
その代わり関電は電気代を下げる申請をするそうです。
同時に日本政府は、今アメリカの後ろについて北朝鮮に対し武力による圧力を強めるようサミットや国連を通して声高に働きかけています。

このような日本の態度に対して北朝鮮は、日本が意地悪をしている、だから米軍基地以外でも標的にすると発表しています。
金正恩独裁者は絶対に核兵器開発を諦めないとすれば、最悪の結果になる危険を避けられません。
こんな緊迫した情勢の中で、ミサイルの標的とされやすい日本海沿岸の原発を再稼働しても平気な日本人は何とノンキではないでしょうか。悪いのは北朝鮮だと言うだけで済まない事態が迫っているのに、電気代が安くなるからと、傍観しているだけでいいのでしょうか。

七十数年前の戦争の始まりと終わり、空襲や原爆による敗戦を覚えている世代の私としては、災害は天災だけではないことを警告せずにはいられないのです。
いずれにせよ、武器による戦争やテロで紛争は解決しないとすれば、戦争を放棄して平和憲法を守る日本は、世界で最も進化した国と信じたいのです。

更新した情報のリンク

このサイトからご無沙汰しています。
以前にお知らせしました通り、 Facebook ページ<天理と生命の真実>を更新していますので、アクセスしてくだされば幸いです。

メルマガ<心のテープ>アーカイブ
(45号)今週の“受け売り”情報  配信日:2008/6/5
https://www.facebook.com/iinochi16527/

(YouTube) 馬渕睦夫(元外交官)「アメリカは決意した」G7の真相と北朝鮮が弾道ミサイルを撃ち続ける理由【TVが報じない政治】
https://www.youtube.com/watch?v=PKqSR-eH7K8

(YouTube) 【青山繁晴】北朝鮮の暴走は止められない。それは何故か!ハリス司令官のいわんとするところ。
https://www.youtube.com/watch?v=Zv_s_OtH_w4


5/25 月例会報告

「とめふで」と「第四の刻限」

 例会の報告をまとめなければと29日早朝にパソコンの前に坐ったとたん、また北朝鮮が発射したミサイルが日本の排他的経済海域内に着弾したニュースが報じられた。5月だけでも3発目のミサイル発射だが、10年以上前から日本海沿岸に並ぶ原発にミサイルの照準を合わせているとの確かな情報も聞いている。日本が米国と一緒になって武力による威嚇を続けている限り、北は日本へのミサイル攻撃を正当化するに違いない。

 ミサイルには巡航、迎撃、弾道の種類があって、後者は数千キロの高度から真逆さまに猛スピードで落下してくるため迎撃は不可能とされている。その実験をくり返している裏には、独裁者・金正恩が核兵器開発を中止する交渉を有利に進めるために軍事力を誇示しているのではないかとの説もある。
 しかしトランプ米大統領が直接交渉に応じる気があるというのは甘い推測で、北のミサイルがグアムやハワイまで到達できると分かれば、只でさえ感情的なトランプ大統領は先制攻撃を決意するだろうとの説もある。とにかくYouTube では様々な情報が飛び交っている。

 人間には先のことはわからない。だからこそ見抜き見通しの元の神・実の神の刻限を信じるほかはない。明治20年代に始まる「刻限さしづ」には、半世紀後に日本軍による真珠湾攻撃で始まった太平洋戦争が昭和20年8月15日に敗戦で「泥水をすっきり流す」までの経過が時に応じて啓示されていることは、月例会案内の後半にリンクした資料で提示したところであった。

 昭和20年の「第三の刻限」(天保9年が第一、明治20年を第二とすれば)にも、昭和20年に至って全国の都市の大半が空爆で焼き払われ、広島・長崎に原爆が投下された。「とめふで」の預言通りと錯覚されるほどであった。
 教祖の教え通り、まさに昭和20年の刻限は自由・平等・無差別の社会が「律」として実現した大掃除であった。その民主化された法律に魂を入れ「心の大掃除」を実現するための神一条の心定めを、親神は道のようぼくに期待され委ねられたのであった。
 が、その大変革を「刻限」として受け取らないまま現在に至り、さらに「第四の刻限」が到来して大掃除されない限り「欲にきりない泥水」の社会には「心のほこり」が積もりに積もり重なっている。

 岩井顧問が半世紀以上にわたり「とめふで」の研究と啓蒙に専念して来たわけは、命ある身体はもとより、この世の一切が「神の借りもの」であるとの信念に基づいている。とすれば、武力によって所有権を守る体制が変わらない限り、武器によって弱者を支配する横暴な権力は無くならず、陽気づくめの世は実現しない。最終的には、核兵器によって酷い目に遇って双方が手を挙げない限り目が覚めないとの予測が前提になっている。

 先月(4月)の例会報告では「危機意識をどこまで共有できるのか」をテーマとした。報告が遅れたが、5月25日の例会では2名の初参加者を含めて14名が、それぞれの思いで談じ合いしたが、もうこれ以上、解説をくり返しても始まらない。神の刻限を信じる人は6月25日へ向けて心の準備とともに生活上の準備も整えて、いざという時には騒がず驚かず、平然として「おたすけ」する側に回って「ようぼく」としての勤めを果たされることを期待したい。
 最後に「とめふで」をもう一度読み返されることをおすすめしたい。
 http://www.geocities.jp/kokugen3625/tomefude.html
(携帯かスマホで「とめふで」と呼びかけるだけで、すぐにファイルが表示されます)





5/25 (木)道の原典研究会案内 

 世界と日本の厳しい事情は続いている。米国内からの情報によれば、近未来にトランプ大統領は弾劾罷免され、その後アメリカ国内は乱れに乱れた末、2020年には内戦が始まると。韓国も経済的に混乱し北朝鮮と統一する結果になるとか。シリア、中国、イスラエル、ロシア、EUなどの国際関係、そして最後に日本はどうなるのだろうか。
 いわば世界は「上・高山」(権力)の争いと謀反の末「欲にきりない泥水」が大掃除されるまで大混乱の結果、ようやく「元の神・実の神」の親心に目覚めなければ救われない情況となるだろう。
 5年前、学研に送った原稿が編集長の理解を得て陽の目をみた『中山みき:秘められた大預言』の中から、明治の日露戦争から昭和の敗戦に至る60年先までを見通された「おさしづ」の神示を最後にリンクした。「第四の刻限」について述べた頁のリンクに目を通してくださり「とめふで」の預言と共に親なる神の絶対性を自覚するための参考としていただきたい。

会 場:三島公会堂 1階 東会議室

   (天理市三島町407/本部より本通り商店街を西へ徒歩10分

   又一呉服店の角を右へ50m右側/道の北側に広い駐車場あり)

日 時:5月25日(木)午後1時~4時30分

テーマ 「とふふで」が現実となる「第四の刻限」迫る
     中国・北朝鮮情勢の深層
     万能酵母液は放射線防御にも有効
     参加者の自由な発言と提案

参加費 1人500円(会場費、茶菓代、配布資料を含む)

個人相談(担当=岩井 猛 顧問)

(お知らせ)
昨年秋から下記の Facebookページ「天理と生命の真実を求めて」を開設しています。
 https://www.facebook.com/iinochi16527/ 

中山みき:秘められた大預言

*下のファイルをクリックすると画面全体が表示されて読むことができます。
*右側フレームの上段に本のチラシと説明をリンクしています。








4/25 月例会報告

 危機意識をどこまで共有できるのか

 人間には先の未来を見ることはできないし、生まれる前の過去も体験できない。75年前の戦争にしろ、開戦のきっかけとなった真珠湾の奇襲攻撃をした時には、その数年後に日本全土の都市を空爆され遂には原爆投下で敗戦するとは夢にも知らなかった。だから当時、中学生だった私は、オトナの言葉に不信感を抱き政治や権力を信じられなくなった。
 しかし元の神・実の神ならば、どんな先の未来も10億年前の過去も知っているはずと原典を調べてみたら、やはりその通りであった。「おふでさき」の過半数は見えん先の預言と「どろうみ」のお歌であり、「おさしづ」は明治時代の厳しい情勢の中で、いずれ泥水をすっきり流して自由と平等の世になるまで道のようぼくを無事に連れて通るための刻限の諭しが中心になっている。また遥か10億年前の過去については「元初まりの話」が記録されている。
 それらの啓示があるからこそ自分は信じる心を定めることができた。またその集大成として数年前に不思議な機縁で教祖中山みきの御名を冠した2冊の本を学研から出版した。

 一方、40年あまり以前からの親しい教友・岩井猛顧問は私より一才年上だが、戦争末期にエリートコースの陸軍幼年学校1年生として終戦を迎え、20代で入信された。その直後に教内のある方から「とめふで」を初めて見せられて強烈な感銘を受け、それ以来、人間の知恵では絶対に作り得ないこの「さしづ」の内容を追求して86歳の今に至っている。 だからこそ私と心定めを共有することができ、前記の出版に際しても貴重な助力を受けたのだが、戦争体験のない世代の人々がどれだけ共有できるかはわからない。

 ともあれ「とめふで」の終わり近くに「三六二五の暮れ合いに、これを百十五年限りとす」とあり、「とめふで」が出された明治34年3月から百十五年目である昨年の6月25日は神の約束通り無事に終わり、今年の6月25日、朝鮮戦争開戦記念日を間近にひかえて、今、世界じゅうの人々の関心と心配が北朝鮮に向けられている。
 念のため「とめふで」全文と岩井氏による「警告文」のURLは次の通り。
 http://www.geocities.jp/kokugen3625/tomefude.html
(携帯かスマホで「とめふで」と呼びかけると、すぐにファイルが表示される)

 とすれば、岩井氏にしても私にしても黙って見過ごすことができなかった心情を理解していただきたい。まして岩井氏は半世紀以前に「米屋ようかん」の創業者であり教会の初代会長でもあった著名人・諸岡長蔵氏との神縁により大きな協賛を受けて原水爆禁止のための教内独自の運動と「とめふで」の啓蒙活動を続けてきた過去があるから尚更であろう。

 例会報告が遅くなった上に脱線したようだが、今月のテーマを「危機意識をどこまで共有できるのか」に絞り、それぞれの世代の方々が一人でも多く共有してもらえることを願ってやまない次第です。 



記事更新についてのお知らせ

 4月の例会報告が遅れていることをお詫びします。
 内容的に私一人で決めるわけにはいかず、岩井顧問と相談中です。
 もちろん岩井顧問の個人情報に関する部分はご本人の認証を得ることが必要となります。

 例会報告は別として、5月3日が70回目の憲法記念日に当たることに際して、
Facebookサイトに最近の情勢についての私的情報を発信していますので、よろしければ
アクセスしてごらんくだされば幸いです。下記にリンクしておきます。
<天理と生命の真実を求めて>
 http://www.facebook.com/iinochi16527/





4/25 (火)道の原典研究会案内 

 イスラエル⚡︎ロシア⚡︎シリア⚡︎アメリカ⚡︎中国⚡︎北朝鮮⚡︎韓国⚡︎日本等々、
世界中で対立と抗争、疑惑と対立の渦を巻き起こしている現状ーーそれ
は第二次世界大戦の前夜にも似て緊張で張りつめられています。新聞、
テレビ、ラジオをはじめネットにも危機迫る情報があふれています。
ともあれ、米海軍の原子力空母はメンテナンスのため横須賀に寄港して
いるので5月までは大丈夫との情報もあります。とすれば、6月が最大
の山場となることが予想されます。

会 場:三島公会堂 1階 東会議室

   (天理市三島町407/本部より本通り商店街を西へ徒歩10分

   又一呉服店の角を右へ50m右側/道の北側に広い駐車場あり)

日 時:4月25日(火)午後1時~4時30分

テーマ 「とめふで」を再読・熟読する
     空爆の危機迫る内外情勢の分析
     万能酵母液の体験による注意点
     参加者の自由な発言と提案

参加費 1人500円(会場費、茶菓代、配布資料を含む)

個人相談(担当=岩井 猛 顧問)

(お知らせ)
 過去数年前から登録していました「Twitter@天理みさと」を、この
たび中止し削除することといたします。
 代わりに昨年秋から Facebookページ「天理と生命の真実を求めて」
を開設しています。
 https://www.facebook.com/iinochi16527/ 

 なお、教外一般向けに下記アカウントから発信をつづけている
Twitter@mannen130 には現在2093人のフォロワーがあります。
 https://twitter.com/mannen130



3/25 月例会報告

 中途退席のお詫びをかねて

 すでに4月に入って3日を過ぎてしまった。いろいろ事情が重なったというものの、その報告をする余裕もなく失礼しました。じつは24日から自分の体調が悪くなり、25日の例会場へ出たものの途中で退場する結果になり、さらに月末には5才上の兄が出直し、その葬儀などで気持ちと時間の余裕がなく日を過ごしていた次第です。

 さらにもう一人、12才上の兄が自分で歩ける状態で生存しているのだが、このたび出直した下の兄は役職を離れてからは忘れられた存在だった。それでも詰所での葬儀は案外に賑やかであった。本部を離れてアメリカ伝道庁長に任命されたとき、英語を話せない兄にとって決して適任ではないと私は感じた。その予感が当たったのか、渡米前の健康診断で肺結核が判明し、家族を先に渡米させて自分は「憩の家」で一年近く療養する身となった。その後、揃って渡米した後、こんどは妻(義姉)の乳ガンがすでに転移した状態で発覚し、急いで帰国し憩の家へ入院して手術を受けたのだが、すでに手遅れで兄がアメリカから帰国する前に出直す結果となり、息子たちとも離散状態となった。

 その後の兄は運命に甘んじて生きる心を定めたのか、50歳で妻を失って以来90の歳を数えるまでの40年、独り身を通した。楽しみといえば酒と煙草であったことは知らぬ人はない。告別式で長男の挨拶の中で「一番うまい酒は?」の質問に「いま飲んでいる酒が一番うまい」と答え、酒と同量の水を側に置いて飲む習慣を続けていた。
 アメリカ伝道庁長の任を終えてからは天理図書館長、天理時報社長などを勤め終えたあとは表面に出ることなく、雅楽の指導役をしながら独居生活を続け、最後は老衰状態となって入院していた。

 知らすほどのこともない思い出を綴ってしまったが、24日から26日にかけては私自身の身上も安泰ではなく、体内に水が溜まって息切れする状態で、急きょ受診して利尿剤を処方してもらう始末で、月例会も途中で退席する始末であった。
 胃腸の調子は最高に良いのに心臓の周辺に水が溜まる医学的原因が主治医にもに分からないらしい。そこで自分ながらに「水は理」だから理を吹かずにムダに溜めているためではないかと思案している。おかげで利尿剤さえ服用すれば1週間足らずで体重が3キロも減るくらい水分が排出されて正常に戻っている。しっかり思案しなければいけない。

 最後に25当日会場で配布した原典おさしづ資料の一部をスキャンして掲示しておきたい。解説は省略しますが、熟読すれば神意は自ずから明白となります。
tuisho-1.jpg
tuisho-2.jpg



 

3/25 (土)道の原典研究会案内

 うそ・ついしょうの氾濫
 公開言論の場でついたウソでも後から訂正すれば解決すると「言葉」を仕事とする弁護士大臣は信じているのか、逆に言わん言えんの理や推測または追従で強い権力におもねるのは自分を守る為の私利私欲に違いない。
 一方、単純に自分が正しいと信じている人の言動(例えば森友学園の籠池理事長)は平気で本音を吐くので権力側には都合が悪い。だからどんな手段を使っても口を封じようとするだろう。
 政治や組織で自由な言論が失われたら、真実は隠ぺいされ何事も解決しなくなる。それが現在の情況といえる。最近の週刊誌「サンデー毎日」の目次に「天理教の正念場」と出ていたが、自由な言論が失われている点では同じ危険な状況にある。せめて月例会での自由すぎるくらいの言論を少しは見習ってもらいたいものだ。
      
会 場:三島公会堂 1階 東会議室

  (天理市三島町407/本部より本通り商店街を西へ徒歩10分

   又一呉服店の角を右へ50m右側/道の北側に広い駐車場あり)

日 時:3月25日(水)午後1時~4時30分

テーマ 「ウソ・ついしょう」を戒められた原典「おさしづ」拝読
     鏡にうつる内外情勢の分析
     万能酵母液の新情報と体験報告
     参加者の自由な発言と提案

参加費 1人500円(会場費、茶菓代、配布資料を含む)

個人相談(担当=岩井 猛 顧問)

(お知らせ)
 過去数年前から登録していました「Twitter@天理みさと」を、このたび中止し削除することといたします。
 代わりに昨年秋から Facebookページ「天理と生命の真実を求めて」を開設しています。
 https://www.facebook.com/iinochi16527/ 

 なお、教外一般向けに下記アカウントから発信をつづけているTwitter@mannen130 は現在2083人のフォロワーとなっています。
 https://twitter.com/mannen130


*CommentList

東日本大震災から丸6年

 東日本大震災から丸6年を一日過ぎてしまいました。未だ行方不明のままの犠牲者が2500人以上もあると知って驚いています。
 そしてNHKラジオ深夜便では10日の深夜から「震災怪談−被災地の本音をどう語り継ぐか」のタイトルで怪談作家・黒木あるじ氏の対談が放送されました。たまたま目を覚まして聞くともなく聞いたところでは、福島の海岸沿いの被災地では、犠牲となった身内の霊が家族の側を訪ねて声をかけたり、携帯電話で知らせたり、姿を見せたりする実例が直接取材しただけでも20数例になるということです。
 そうした現象があっても不思議ではないし、そうした体験をした遺族は何かしらの安らぎを覚えるに違いないと私は感じています。

 一方、被災地から離れた土地へ避難したまま仮住まいしている被災家庭の子どもたちがさまざまな「いじめ」を受けているとの情報には怒り心頭に発する思いをさせられます。
 自分の意志で被災したのではないのだから、家族には何も責任はない、にもかかわらず被災家族にお金の無心をしたり、嫌がらせの言動を浴びせるのは「弱い者いじめ」の卑怯な態度以外の何ものでもありません。昨今の日本では、そうした行為が平気で横行しているのは、心の堕落としか言いようがないでしょう。


2/25月例会報告

 世界70カ国を旅した青年の参加

 2月の25・26両日は珍しく好天に恵まれ、土・日と重なったこともあっておぢばの賑わいは格別であった。その代わり、絶好の参拝日和のためか三島公会堂の参加者は一ケタの8人に留まった。
 しかし天から見忘れられているはずはなく、世界70カ国をめぐる一人旅を終えて帰国した31歳の青年Nさんが、知合いのすすめで初めて参加してくれた。彼は分教会後継者だが、世界を周り、現在は月刊誌「陽気」に2年間にわたって連載した「外から日本を見てみれば(天理青年世界一周)」が3月号で完結したばかり。

 必然的に話題はN青年に集中したのだが、その前に原典研究会のテーマとして「明治37年の日露戦争当時のおさしづ拝読」だけはパスすることはできない。
 原典の資料として小著『原典を元とする理の研究』52〜55頁のコピーを拝読した。日露戦争以来の日本軍部による武力行使が、韓国併合、満州事変からついに日中戦争、太平洋戦争へ拡大した末に、昭和20年8月の原爆投下によって敗戦に至る「泥水の時代」(おさしづ)を、すでに明治の頃に先を見通された啓示として記録されていることが明らかとなる。その数例を挙げれば、
「敵と言うて、睨み合い/\という。一時の処旨(うま)いように思う。旨い事やない。何でも彼でもという。これまで残し置いたる理は、仮名な柔らかい中に、要々の言葉残してある。・・・大き事すっきり、これではどうもならんという処まで行ってみよ。これではならんといいう処まで行かにゃ、分からせんで」(明治37.8.23)
「こちらが(神一条の道にとって)妨害、あちらが邪魔になる処は、皆神が引き払うてしまうで」(明治21.12.12)
「長らくやないで/\そこで世界の道理上の理(民主主義)を以て、世界どんな事でも、皆んなどんな事してもよいように成るで。暫くの処やで」(明治22.6. )
「高い所はすっきり取ってしまう。すれば低い所は均れるであろう。変な話と思うやろう。世界すっきり均す」(明治23.9.2)(注=戦後の差別撤廃、自由平等)
「これから先は自由の道を付ける。・・・さあ、思わく通りにする」(明治23.9.11)
「日が経つ月が経つ、ほんに見えたなあ、ほんに早かったなあと言う日がある。前々ほのかにさしづも聞いたなあ、さしづ通りに成りたなあと言う」(明治29.12.18)
「何程高い所に居ても、何時落ちるやら分からん。一夜の間にもどういう事出けるやら分からん。どんな事出けても、(高山が心の自由を抑圧したためだから)神の怨みとは思うてくれなよ」(明治31.12.30)
「もう敵(かな)わんかいなあと、(日本国内の)隅から隅まで涙を流し、涙を流すは一日の日(刻限)と言うたる(言うてある)」(明治36.5.20)
 要するに、人間は先が見えない故に必勝を叫んで戦争し敗北したが、親なる神は半世紀以前から日本の敗戦を見抜き見通されていたことを、神の啓示として証明されているのである。

 いま一度、世界を旅したN青年に話題を戻せば、彼に集中した質問に対して、まことに落ち着いた態度で、みんなが納得できる応答を聞かしてくれた。その数例だけ要約しておけば、
*教祖の教えは、とくに日本的に色づけされた解釈をしない限り、世界に堂々と通用するが、天理教の組織は通用しない。
*現実として世界の人々は、今でも天理教のテの字も知らない状態にある。
*西欧と違って日本人には歴史的に「個人」という考え方はなかった。つねに「世間」「集団」としての考え方・生き方が優先された。
*「自分が嬉しいことを人にもしなさい」(外国人=積極的)
 「自分のイヤなことを人にするな」(日本人=消極的)
*世界を「国」の違いで観るのではなく「文明」の違いで分類する傾向が強くなっている。
*一神教と親神の関係、さらに「生まれ替わり」の教理を信じない宗教に対してどのように説けばよいかが難問となる。
*教祖ひながたは「親になる道」だから、ようぼくは「いい子」になるのではなく「どんな親になるか」を教えなければ一人前にはなれない。
*その他は省略。とりあえず「陽気」3月号の連載で最終回の記事を読まれることをおすすめしたい・・・

 要するに、戦後70年の歴史をふりかえるとき、天理教自体、親神様が先を見通された通りの戦後社会の大変化に対応しているのかどうか、復元教理が組織の中に生かされているのかどうか、深く反省し自覚するべき刻限が到来していることを痛感させられた(すでに遅いと言われるかもしれないが)。「ようぼく」がいつまでも子どものままでいいわけはなく、親に成人するための覚醒を教祖は待ちかねておられるに違いないのだ。(文責・植田)


2/25 (土)道の原典研究会案内

  老兵士の嘆き

 戦後シベリ抑留の辛酸に絶えて帰国した元兵士で90歳を過ぎた超高齢者の方が最近ネットに次のような感慨を投稿しています。少々長文になりますが、戦争を知らない世代の方は参考に一読されることを願っています。

「安倍総理のアメリカ詣でを人々はどのように受け止めておられるのか? 私は恥ずかしさのあまり穴があったら入りたい気持ちで、テレビから流れる報道も一切目にせず、国会における総理の自画自賛と与党の「よいしょ」も見ませんでした。何がそんなに恥ずかしいのか、安倍総理の振舞いが爽やかでないからです。あまりにも無節操、予想もしなかったトランプの当選に慌てて駆けつけ、信頼できそうな人物だと早速胡麻をする。去ってゆくオバマ氏やクリントン氏には一顧だにせずゴルフに興じて大満足、私は世界の誰よりも早く朝貢する姿(貢物を捧げる外交)を見て恥じ入ったのです。

 この腰の軽さが支持率を押し上げ、メディアの評判も上々、そのうえ私は次の記事を読んで仰天したのです。阿比留瑠比氏の「安倍総理を通じて国際社会を学ぶトランプ大統領」ですが、世間の感覚はもうここまで来ているのか、これではとても付いてゆけそうにないと観念したのです。この珍しい名前の記者は産経新聞の「極限御免」を担当する政治部編集委員の最右翼論客として知られ、一説によれば安倍総理の側近であり、特に歴史問題での旗頭として知られています。

 更にこの記者は安倍総理の効用を次のように言うのです。<逆に各国首脳も、「未知」の存在であるトランプ氏の正体を安倍総理に尋ねる状況が生まれている。今回の訪問と一連の対談の成功は、そんな時代の始まりを告げるものとなりそうだ。>
 如何に単細胞の論客とは言え、この人は本気で夢のような事を考えておられるのか? 尖閣は安心、安全保障は完璧だと訪米の成果を誇り、ゴルフを楽しんだ裏にはいくらの手土産が必要であったのかについては一切触れられていない。
安倍総理の妻昭恵夫人が名誉校長を務める豊中の森友学園は、その幼稚園で教育勅語の朗誦をしていると聞きますが、この神道式の教育が今から堂々と行われる時代に逆戻りするのでしょうか。もう一度言わせてください“私はもう、付いてゆけない”

 敗戦の年に中学2年生だった私はそれほど深刻な感想は抱いていないとしても、「鬼畜米英」「大東亜共栄圏」を叫んだ国の政治やマスコミが独立国としてのプライドも自覚も捨て去ってしまっている姿には茫然とする他ありません。
 それはともかく世界はめまぐるしく、どこをめざして動いているのか、さまざまな情報交換をしたいと思います。

日 時:2月25日(土)午後1時~4時30分

会 場:三島公会堂 1階 東会議室

   (天理市三島町407/本部より本通り商店街を西へ徒歩10分

   又一呉服店の角を右へ50m右側/道の北側に広い駐車場あり)

テーマ:明治37年日露戦争当時のおさしづ拝読
    最近のネット情報から
    今年の教内外情勢予測
    万能酵母液の新情報と体験報告
    参加者の自由な発言と提案

参加費 1人500円(会場費、茶菓代、配布資料を含む)

個人相談(担当=岩井 猛 顧問)



『元気の学校』視察のすすめ

『元気の学校』100円お試し動画(2/26まで)

「命あってのモノ種」というコトワザもある通り、
「元気が一番大事」であることは申すでもありません。

 とくに100年前と違って不自然な、ホコリだらけの環境
の中で生活している現在、何がホンモノで何がニセモノかを
見分ける知識と関心が大切ではないかと思います。

『元気の学校』はたいへん良心的な企画で、
広告や常識を疑うこと、本当のプロの知識から学ぶこと
の大切さを教えてくれます。
以下、運営者のPRです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
飲めば飲むほど健康から遠ざかる
サプリメントの正体

「日本一サプリメントを真面目に考える男」
の異名を持つこちらの人物が、
ここで明かしている真実。
 ↓ ↓
http://directlink.jp/tracking/af/1414529/WE6qwMpC/

彼はこう断言しています。

「ほとんどのサプリは飲むに値しない」と。

その人物は、医療機関専用のサプリメント
メーカーの社長として日本中を駆け回る人物。

医療現場で使う高品質なサプリメントを
必要とする医師・薬剤師たちが株主と
なって創業したため、

彼が製造するサプリメントは
全国の医療関係者から熱烈に支持され、

内部告発とも言える自著は、10万部
を超えるベストセラーになっています。

(ただし今は市販されていません)

2016年に発表された調査結果によると、
市場の8割、インターネット販売の9割が
何らかの「法令違反」を侵しているのが
現状です。

それって、私たちが普段手にするサプリの
殆どに何らかの問題があるということ
ですよね・・・

続きはこちら。
↓ ↓ ↓
http://directlink.jp/tracking/af/1414529/WE6qwMpC/

あなたが毎日、あるいは時々サプリを
飲むなら、

そして、ここで語られている情報が
本当なら、かなり怖いです。

なぜなら、毎日飲む前提で売られている
ものなので、消費者も当然その前提で
飲んでいます。

そのことによって、最悪の場合、
お金の無駄をするだけで済まず、
健康を損ねかねないのです。
まずは実態を知ってください。

そしてこの機会に、
あなたやご家族のサプリが大丈夫か、
(もっと言えば「飲むに値するか」・・)
チェックしてみてください。

業界に精通する人物が語る衝撃の告白。
これほどの破格で見られるのは
【あと10日】限りです。(2/26まで)
http://directlink.jp/tracking/af/1414529/WE6qwMpC/



85歳の誕生日を迎えました

 少々報告が遅れましたが、先日2月10日、ぶじに満85歳の誕生日を迎えることができました。

 これからあと3年目の米寿まで、しっかり通らせていただきたいと願っています。

 とはいえ、なにぶん高齢ですから、時にはふらつきながらの場合もありますが、倒れることはないつもりですから、
声援をよろしくお願いします。

 たまたま私の誕生日は自教会の祭典日に当たっているので、計らずともお祝いを受けることができてありがたい次第です。
 
 そこで、9年前の誕生日に当たる祭典日のメルマガを読み返したので、ここで再録することを了解ねがいます。
 その頃からみれば、つくづく歳をとったものと自覚せずにはいられませんが・・・。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
メルマガ<心のテープ>アーカイブ
(29号)2月10日の月次祭    配信日:2008/2/14

 毎月10日はうちの月次祭。なかでも2月10日(日曜日)は私の誕生日でもあった。歳は言いたくないが、当年とって76歳。心はいつまでも歳をとらないから、まだ40代のつもりだが・・・。
 
 前日の9日は天理市も近年にない大雪となった。土曜から連休になるので、千葉から次男が、東京から三男夫婦が帰ってきてくれた。長男は正月にゆっくり帰省したので、今月は遠慮するとの連絡があった。
 三男夫婦は東名高速を走って8日の夜中に天理に着いたのだが、もし大雪が一日早くズレていたら、途中で立ち往生して帰り着けなかったに違いない。これも小難は無難と思えば幸いであった。
 
 10日は雪の朝になったが、天気は上々。はじめて参拝しておつとめ奉仕して下さった2人を含めて賑やかにつとめることができた。
 その2人のうちの1人は、昨年までケニアを往復して海外布教に専念していたM氏。天刻サイトで氏の活動ぶりを写真入りで紹介したこともある。(詳しくはサイト内検索で「ケニアのおたすけ隊」と入力して下さい)
 現地はキリスト教が広まっていて、ケニア人はみんな神様を信じているから、おさづけの効能がどんどん現れている。身上が不思議に治っていく姿を見ているキリスト教側は、布教所の神餞物を見て「バナナを拝む宗教」と誤解して笑っているとか。

 ところが昨年の夏、M氏は現地滞在中に脳梗塞で倒れているところを危機一髪で発見された。病院の治療よりもおたすけしたケニア人が取り次いでくれたおさづけで回復し帰国できた。片手に残っていたシビレも、
帰国後に修養科へ再志願して、障害者の車椅子を押して通学しているうちに消えてしまった。M氏が身上障りを頂いたおかげで、家族揃って心の成人ができたと感謝されている。
 
 もうお1人の参拝者は、若い頃から重度のアルコール依存症で入信し、ワンカップを飲みながら修養科生活を送ったが、15年ほど前から一滴の酒も飲んだことのないK氏。教友の紹介で1週間前に出会ったばかりだが、10日までおぢばに滞在して参拝して下さった。
 昔さんざん迷惑をかけた恩返しに、今は自分の体験を通して、同じ依存症で苦しんでいる患者や家族のおたすけを続けている。実際、家族のアルコール依存症で悩んでいる知人に連絡をとり、二度ほどK氏の体験を聴いて原因を理解し、解決の糸口を見つけたと感謝されている。アルコールに限らず、ギャンブル・ドラッグなどの依存症にも共通の原因があるという。
 
 前にメルマガ22号で報告した通り、新たに広くなったつとめ場所と参拝所を与えて頂いたことに感謝しながら、それぞれつとめの役割について奉仕して下さった。珍しく笛の音が響き、女鳴物の揃った賑やかなつとめになった。
 祭典後の挨拶では、初めての方々を紹介しながら、自分の信念を一言聞いてもらった。
 私は基礎に専念してきたのだが、体験者の真に迫る説得力には脱帽せずにはいられない。だから、基礎と応用のいずれも無視することはできないと思っている。
 
 信心の基礎とは、かりもののご守護と一体となった意識を持ち続けることだ。つまり、体内の臓器が互いに協力し合って生かされている姿を手本として、全体のためにひのきしんの心で働くこと。例えば、競走すれば心臓の鼓動が早くなり、多くの血液を手足に循環させ、体温が上がり過ぎると汗が出てくるように。
 さらに「飲み食い出入り」のご守護によって老廃物が排泄され体内が掃除されるから健康が保たれているように、また細胞のレベルでは、つねに新しい分子が古い分子と入れ替わる新陳代謝が一刻も休みなく続けられているように、心のホコリを掃除しつづけること。人工の機械でもホコリが詰まると動かなくなるのだから。

 月々につとめて下さるようぼくを含めて16人に過ぎないが、直会は味噌味の鍋を囲んで談論に花が咲いた。
 直会の最中に、粋な演出を考えてくれたご夫婦があり、急に電灯を消してカーテンを閉めたかと思うと、キャンドル・サービスが始まった。ローソクを並べた見事なケーキが私の前に運ばれてきた。そんな大掛かりな誕生日のお祝いをしてもらった記憶のない私は大いに照れながら、二度失敗したあげくにキャンドルの火を吹き消した。後から皆で分け合って口にしたケーキがとても美味しかった。
 
 前真柱様は直属教会長の集まりである「かなめ会」の席上、「系統は今では布教の妨げになっている」とはっきり発言されている。その発言は会報にも掲載されている。布教の妨げだけではなく、ようぼくの成人にも妨げになっていることは明らかだ。近くに教会があっても所属が違えば余所者として扱われ、参拝もままならず孤立してしまうからだ。
一方で、一れつ兄弟と叫んでも、本音と建前が違っていては社会に通用しないだろう。元始まりの理に系統はないし、教祖ご在世中に結成された「講」にも系統はなかった。
 
 しかし、長い年限の間に固定観念となった系統意識は、教会がギリギリになって行き詰まるまで、チョットやソットでなくなりそうもない。目覚めた者からそのカラを破るしかない。
 誰にでも開放された教会でありたい。系統に囚われず、心あるようぼくの集まる場所でありたい。改めてその思いを新たにしている。





 

1/25 月例会報告に代えて

 明治二十年陰暦正月二十六日のおやしき

 その前日の25日、いつもの通り原典研究会の月例会を三島公会堂の一室で開いた、寒さの厳しい日々が続いていたが、当日はそれほど寒さを感じなかった。他の府県からみれば珍しがられるに違いないが、天理市内は今年になってまだ雪も降らず積雪もない。
 参加者はいつも通り15名(うち女性1)で、話題もあちこちに飛び火して後を追うだけで精いっぱいであった。とても要約できそうもないので、テーマに基づいた配布資料の画像紹介と表題通り「明治二十年旧暦正月二十六日のおやしき」の歴史的な一日の記録を紹介することとしたい。

 はじめに「鏡やしき・ぢばの理」に関する原典おさしづの中から大事な節々を提示しておきたい。
(文字の上をクリックすれば拡大します)





 もう一点、近頃はやりのツイッターで「古い教会長」と名乗る人のツイートの数例を紹介したい。私自身、わが身に引き換えて身近に共感を覚える事実が記されている。


以下の文章は10年前のメルマガに投稿した「正月二十六日」と題する記事を参考に再録することをご了解ください。
 教祖が現身を隠されたのが明治20年、戦争が敗戦で終ったのが昭和20年ですから、何か偶然とはいえないものを感じます。いずれも天を揺るがすような大変動が起こった刻限だからです。
 ちなみに明治20年の前年、旧暦12月8日、教祖が風呂場からお出ましの時フトよろめかれて、
「これは、世界の動くしるしや」
と仰せられた日は、まさに太平洋戦争開戦の日と一致しています。
 あたかも今年は正月早々新しいアメリカ大統領の就任が大きな波紋を起こしています。株価が上がろうと下がろうと自分には関係ありませんが、マネーゲームに翻弄された資本主義の末期症状に違いないでしょう。
 
 今年平成29年の予測は別として、いま一度、明治20年正月26日をふりかえってみるのもムダではないでしょうから、手元にある二代真柱著『ひとことはなし・その二』を開いてみることにします。
 この著作には、二代真柱ご自身の母(玉枝様)からの聞き書きや、側近の人たちの書き残した史料にもとづいて、26日前後の様子がくわしく記述されています。
 明治16年以来、教祖が最後まで移り住まわれていた御休息所は4畳と8畳の小さな建物でした。御休息所の南に隣接して「つとめ場所」があり、北には土蔵が建っていました。
 教祖がお隠れになった明治20年に玉枝様は数え年11歳でした。二代真柱がその母/玉枝様から聞いた話が前記の『ひとことはなし』に記録されています。
(現代表記に修正の上、カッコ内は筆者による注記)

<その頃私(玉枝様)は常に八畳の間で姉やん(梶本ひさ)と一緒に寝起きしていました。教祖様はその西側の上段の間においでになっていました。傍について世話していたのは、姉やんと新建の叔母やん(教祖の長女まさ)とであった様に覚えてます。そして御気分のよい時には、”玉さん此処へ来て一緒に寝、ねむりいったらお久にそっとそっちへつれて行ってもろたげるから”
 と仰って御自分の側へ寝かされたが、何ぼ子供でも教祖様の側だし、それに長四畳の狭い部屋ですからゆっくり寝られませんでした>
 
<丁度正月二十六日の事、八畳の間に居るとお父様(初代真柱)が来られて、
”いと、今日はお前もお勤めに出よ”
 と、仰いました。そしてお琴に出して貰ったんや。誰と誰とが出たのか判然とは覚えてない。(中略)教祖様のお側には、叔母やんと姉やんと二人が付ききりでお世話申していたんや。
 お勤めはその頃はまだ家の外にあった甘露台でつとめた。十二下りもその前で、南から北向きに──丁度今の様に──勤めた>
 
<おつとめを終わってから、よしゑさん(飯降本席長女)に手をひかれて勤場所の上段に祭ってある神床に参拝した。
”教祖様(おばあさま)はもうようなって下さったやろか、御飯も上がって下さるやろな”
と話しかけると、よしゑさんも、
”そうでしょうとも”
と言っていられた。
 そして八畳間の入口まで送ってもらってよしゑさんは帰った。
 私は八畳の間へ入ったが誰も居なかったので北へ廻って、いつもの様にこわごわソッと障子から中を覗いた・・・>
<ソッと覗くと、いつの間に来て居られたのかお父様はもう来て居られて、真赤な顔をして、
”いと、早よ来い”
 と大声に言われたのや。教祖様が寝て居られるのにあんな大きな声を出してとちょっと変には思ったが、それでもまさか御昇天になっているのだとは思わなかった。
”いとちゃん、教祖様がこんなになられた”
 と姉やんが私の手を教祖様の顔にもって行ったが、それでもまだ息が引き取ったとは思わなかったが、
“冷たいんやな、教祖様はもの言わはらへんねがな”
と言われて初めてそれと知って、
”わァ”
 と大声で泣いたので、
”泣くな”
 とお父様に叱られたのを覚えている。それからお父様は、
”皆に話して来るから、いと、教祖様のそばを離れてはいかんで”
と出て行かれたが、その時には叔母やんも居たように覚えている……>

<後になってから姉やんに聞いた話やが、皆がお勤めに出たあとで、叔母やんと姉やんと二人でお側に居たんやが、陽気なおつとめの声を聞いて教祖様は心地よさそうにすやすやとおやすみになった。そこでその時まで始終お側に居た叔母やんが、
”お久そこに居て、わしは一寸拝んでくるから”
 と言って、十二下り目にかかったと思われる時に出て行かれた。丁度”大工の人も揃い来た”という最後のお歌が終わる頃、教祖様は一寸変なそぶりをされたので、
”お水ですか”
 と言ったが何とも御返事がない、それでも水を差し上げた処、三口召し上がった。
”教祖様(おばあさま)”
 と重ねてお呼び申したが、何とも御返事がないので、大いに驚いて、”誰か居ませんか、早く真之亮さんを呼んで来て下され”
 と大声で呼んだが、そこに誰か居ったか居なかったか知らんが、やがて叔母やんも真之亮さんも来たのや。(中略)教祖様の御昇天になる時にお側に居ったのは私(おひさ)一人だったとの話や”>

 26日前後のおやしき内外の状況は『稿本教祖伝』の巻末に詳しく記されていますから省略します。この日、教祖の望まれる「つとめ」に踏み切るためには、それまでに真之亮との神人問答が重ねられたのですが、いざ我が身どうなってもという心を定めてつとめ終わるまで、誰一人警官が現れなかったのは不思議としか言いようがありません。
 当日の記録では、参拝者はおやしきの庭にあふれ結界も壊れるほどで、無慮数千人といわれています。
 
 明治20年1月9日(旧19年12月26日)の教祖のお言葉として、
「さあ/\年取って弱ったか、病で難しいと思うか、病でもない、弱ったでもないで。だん/\説き尽してあるで。よう思やんせよ」
 と記録されています。しかし側近人々にとっては、教祖のご気分が優れず何も召し上がらない状態が心配で、上田嘉助(上田奈良糸実父)の親戚にあたる西村勝次という医師の診察を受けたところ、老衰という診断でした。
 
 当時、道の教えが広まれば広まるほど「医薬妨害」と誤解され、おぢば近辺の医者が談合して、信者の診療を拒否し死亡診断書を出さないと取り決めていました。もしこの取り決めを守らない場合は違約金を課していたのです。
 西村医師はこの取り決めを無視して教祖の死亡診断書を書いたことが知れて、違約金どころか医者仲間から除外すると言われて診断書を取り戻しに来たため、大阪の森孫平という医師に依頼して役場へ死亡届を出したということです。
 
『教祖伝』には、ご葬儀について何も触れられていませんが、二代真柱著『ひとことはなし』には詳しく葬祭について記されています。埋葬の場所、火葬の是非についても村の世話役や側近の間でさまざまな議論でもめたようです。中にはおやしき内に埋葬すべしとの意見もありましたが、それは法律の上から不可能でした。
 結局、頭光寺の中山家の墓地に一時的に埋葬し、葬儀は神式で執り行われました。
 そうと意見がまとまるまでの間に、飯降伊蔵様に下がったおさしづがあります。側近の増野正兵衛の日記に残されている神言の大意は『ひとことはなし』にも記されていますが、原文がないためか、公刊された『おさしづ』7巻本には掲載されていないのです。最後にその要点を引用させて頂きます。

「身はかくすが、たましいは此のやしきに留まって生前同様、万(よろず)助けをする。此の身体は丁度身につけてある衣服の様なもの、古くなったから脱ぎすてたまでの事、捨てた衣服には何の理もないのだから、
何処へすててもよい」





1/25 (水)道の原典研究会案内

 阪神淡路大震災から22年目

 今月17日は阪神淡路大震災から22年目に当たり、さまざまな情報が流れた。なんと震災の犠牲者が6千4百人超と聞いて、改めて犠牲者の多さに言葉を失った。いのちを失った人、生き残った人、その家族には、第三者が口をはさむ余地のない尽くせぬ悲嘆の思いが心の底に刻みつけられているに違いない。

 天理市に住む私は第三者でしかないが、それでも震災後10日目に、キャリアに食糧を載せて東灘区の県営住宅に住んでいたようぼく一家を訪ねた。幸いその一角は倒壊を免れていて、横浜の親戚に疎開したと書きつけたメモがドアに貼られていた。
  
 せっかく持参した食料品は、近くの小学校の校庭に建てられたテントに寄付した。そこに避難していた人々は、意外なほど落ち着いて冷静だった様子が記憶に残っている。戦争中の空襲と違って、阪神・淡路周辺を除くと世の中が平和で安定していたからではないかと思ったことを覚えている。「ボランティア元年」という言葉が創られた年でもあった。
 震災直後から毎日、おぢばからは握り飯や飲料水その他の救援物資をトラックに満載して神戸へ運ばれていた。

日 時1月25日(水)午後1時~4時30分
      
会 場:三島公会堂 1階 東会議室

   (天理市三島町407/本部より本通り商店街を西へ徒歩10分

   又一呉服店の角を右へ50m右側/道の北側に広い駐車場あり)

テーマ  鏡やしき・ぢばの理についての「さしづ」拝読
     最近のネット投稿から
     今年の教内外情勢予測
     万能酵母液の新情報と体験報告
     参加者の自由な発言と提案

参加費 1人500円(会場費、茶菓代、配布資料を含む)

個人相談(担当=岩井 猛 顧問)


Facebook への投稿記事

(1/8投稿)
 10年前の正月に「おせち」をよばれた思い出から連想した「仕事始め」の意味や感想などを綴っています。ちょうど今日の昼頃に今年も鏡餅のお下がりを頂きに東礼拝場へ行ってきたところで、おせちへ参れないようぼくが毎年お下がりのお餅の分け前をアテにしています。おせちのたびに私は天理市に在住する有難さを感じています。
メルマガ<心のテープ>アーカイブ
(24号)仕事始め          配信日:2008/1/10 ...

(1/14投稿)
 ずっと以前の深夜11時にNHKラジオで聴いた新春インタビューの
受け売り情報です。
 ハセ・ミチコさん(漢字は不明)という「言葉パフォーマー」の声が聞こえてきました。パフォーマンスにもいろいろあるようですが、言葉のパフォーマーは恐らく自分1人しかいないとか。「アイウエオで世界をつなぎたい」のが目的だそうです。日本語のすばらしさを伝えるために、外国でもパフォーマンスを実演しているそうです。
 例えば「ア」という発音にはいろいろな意味が含まれていて、あーあ、アッ、あ~あ~、など発音が違えば意味も違ってきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Facebookページでぐらんください。
https://www.facebook.com/iinochi16527/




   賀  正

niwatori.jpg

今年も原典研究会の仲間同士として

おつき合いの程

よろしくお願いします

 平成29(2017)年 元旦

         代表 植田 義弘


12/25月例会報告=古くて新しいテーマのねり合い

 年末が近づく12月例会の参加者は13名に止まった。会場には15人分の椅子しかないので、足りない場合は補助椅子を借りるのだが、その必要はなかった。参加人数は少なくても、全国に散在する教会や「ようぼく」がネット情報を読んでくださることを期待している。
 年末という事情もあり報告をまとめるのが遅れたが、正月にでもゆっくり目を通してもらえたら有難い。
 いつもは原典「おさしづ」拝読から始めるのだが、今月は準備不足もあって予定を変えた。というのは、先月11月の系統月次祭後の神殿講話に当たっていたので30分の役目を果たした。その要約が「大教会報12月号」に載ったので、参考までに配布資料として役立てることにしたい。今月のテーマ(来年の教内外情勢予測)にも少々関係があるので、そのコピーファイルをリンクしますので、時間の余裕あるときに目を通してくださることを期待する次第です。
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/blomaga/sindenkouwa.pdf

 初めに参加メンバーから、教祖の立場は「天啓」か「啓示」か、どちらに当たるのかと質問が出された。言い換えると、教祖は「神がかり」といわれるように天から神言が降りてくる天啓現象なのか、体内に神が入り込んで言葉を発する啓示の状態になられたのか、という意味になる。「おふでさき」七号37に、
 月日よりたいないよりも入こんで
 ぢうよぢざいをみなしてみせる

 とあるように原典「おふでさき」には他にも「たいない」(体内または胎内)の語が13回にわたって記されている。ということは、教祖を「月日の社」と見定めた神は、まさに中山みきの体内を社として入り込まれたのであり、明治以前の日本人(だけでなく全人類)が過去に信じていた「神」つまり天上の彼方や山・森・磐・社などに鎮座している「神」ではないのであった。もちろん「月日」と呼ぶからには天上(あるいは大自然)にも神が実在することは当然であるとしても、生命ある限り神はすべての人の体内に分け隔てなく入り込んで守護されている真実を教祖から直々教えられた明治初期の信者たちは、わが体内に神が入り込んで守護されている有難さに感激し、その証拠として難病を助けられ布教に奔走したことは、添付した「神殿講話」の中でも話している。
 それ故に教祖の場合、あえて「天啓」と「啓示」を区別する必要はなく、すべての人間は常に体内に入り込んで守護されている神から無言の「啓示」(知らせ)を受けていると言えるであろう。

 教祖と違って「先の見えない人間」としては、来年の予測よりも過去と現実に問題意識が集まるのはどうしようもない。この日の例会でも、もっとも切実な「いんねん」が話題になった。
「元のいんねん」から言えば人間みんな「同じ魂」に違いないとしても、現実に一人ひとり個人の「いんねん」が違っているので世の中に多様性があることは確かであろう。もし世の中に顔かたちも身長も性格もみな同じ人間が揃っていたら気持ち悪くて逃げ出したくなるにちがいない。
 事実、体内の遺伝子は個人によって皆ちがっているから多様性が発生する。遺伝子を体の「いんねん」と言い換えることもできる。必然的に体が遺伝子を親から受け継いでいるのならば、心も生まれつき人それぞれに違っているのが当然である。千差万別の生命の「種」からあらゆる生物が成育するように、元は親神から分与された心の種(魂)が生まれ替わりを経て千差万別の個性や特性に分かれていくのであろう。原典「おさしづ」にも次のような啓示がある。
「しようと思うて成るのやない、しょうまいと思うても成ってくるのが、いんねんの理と言う」(明治27・5・31)
「一つの心たんのうの理を治めるが前生いんねんのさんげとも言う」(補遺:明治27・8・3)

 対話の途中でフランス人は「いんねん」の話を喜んで受け容れるとの話(本部のフランス事務所長を長年勤めていた先生の話)が紹介された。なるほどキリスト教から個別の「いんねん」ではなく全人類の「原罪」を教え込まれてきた西欧人にとって、無差別の原罪ではなく個々に違いがあると聞いたら解放された気分になるのかもしれない。
いずれにしても「いんねん」は本人が自覚するかどうかの問題であり、第三者にどうこう指摘したり批判したりする権利はない。しかも運命と諦めるのではなく、実行によって切り換えていくべき課題として受け止めるのがわれわれ「ようぼく」の生き方となる。

 当日は岩井顧問から未来に関する資料配布と重要な問題提起があった。
 その資料とは、今から凡そ半世紀前の1967(昭和42)年発行の「陽気2月号」に国際情勢を分析した岩井氏の小論が掲載され、その内容の要約が紹介されている国内唯一の宗教界情報新聞「中外日報」の切抜きコピーであった。コピーが古くて汚れているので添付しても読めないが、岩井氏による小論の主旨は、自由主義と社会主義の両陣営の対立は、財産の私有と共有のどちらを認めるかの対立であるが、もともとこの世の物質も生命も一切が神の「かしもの・かりもの」とする教理を元とすれば一切の「所有」はあり得ないことになる。
 囲み記事のタイトルは<原水爆も親神様の「かしもの」?>となっていて、この世の天地人一切は神の「かしもの・かりもの」と教えられる教理が紹介されている。最後に記事は以下のようにまとめられている。
<今日、世界が思想的に二分して対決し、恐るべき一つの時代の終末さえ案じられている時、正にその思想的対決の争点について「世界最後の教え」としてすでに百数十年以前より、この「かしもの・かりもの」の理を準備して下された親神様の深い思わくに今更のように驚いた筆者(岩井氏)は、この世界の危機の問題に真剣に取り組むなら「匂いがけ」の上にあたらしい視野と活動分野がひらけるはずだと説いている(N)>
 たしかに天然自然にある物質は人間の「所有」か否かの疑問は古くして新しい問題提起に違いない。その矛盾を福島原発の大事故として見せられているのではないか。原発は自然に埋蔵されている放射性物質を人間が掘り起こして製造し、企業の所有物としながら一旦爆発すれば処理が難しい。「所有」の問題は、昔も今もつねに新しい未解決の課題として残されている。世紀を超越した岩井氏の問題提起は、今もこれからも取り組むべき根本的な課題にちがいない。
 なお、上記小論の原文は岩井氏自身が管理人となっているサイトに抄録されている。解説を含めて原文が下記のリンクから表示されるので、ぜひアクセスして論旨を確認されることをおすすめしたい。
岩井 猛「自由か、平等か、決着がつかぬ永遠の課題」
    「二大陣営の対立と天理教」
 http://www.geocities.jp/kokugen3625/jiyu-byodo.html
   
 現実の国際情勢に戻れば、トランプ米大統領の当選、プーチン大統領の来日、台湾をめぐる米中の軋轢(アツレキ)に際して、日本の安倍首相は右往左往して落ち着かない様子で、主役を演じられない状態だ。米ロの対立は少々落ち着いたようだが、イスラエルやユダヤ資本がどんな策謀を隠しているかもわからない。とにかく10年に一度は戦争を起こさないと武器が余って困る勢力が何を企むかわからない。
 しかし仮に核兵器が投下されて放射能に晒されても「天の与え」というべ「万能酵母液」があるかぎり心配する必要はない。そう言えば根拠のない希望と誤解されかねないが、そうではない。
 ビールは大麦の酵母菌を発酵させて造るのだが、その搾りカスを固めた錠剤が昭和3年から発売されている「エビオス」で、胃腸薬として今も薬局に並べられて安価に販売されている。この「エビオス錠」が玄米酵母液と同様に胃腸に即効があると同時に体内の放射能を排除する作用もあることが、すでに10年も前に国立放射線医学研究所で実証され論文も公表されている。
 大麦のビール酵母菌でさえ効能があるのだから、玄米を最高度に発酵させた酵母液が放射能防止のため役に立たないはずはない。だから「信じる者は救われる」ことを断言したい。
 最後にとんでもない未来の仮定に脱線したが、これで今月の報告を終りたい。
 みなさん、佳き新年を迎えてください。


*CommentList

左サイドMenu

プロフィール

植田義弘

Author:植田義弘
今年(2016)8月4日に朝日新聞の取材を受けて記事と共に掲載された近影です。記事については8/15更新のブログを参照してください。今年84歳にしては若く見えるでしょう?

『天の言葉』ダウンロード無料

『原典を元とする理の研究』から教義の基本となる序章と第一章を抜粋してまとめたpdfファイル(37頁分)を無料提供します。

ダウンロードを希望される方は下記アドレス宛にメールくだされば、折返し添付ファイルを返信します。genten505@gmail.com

ブロマガ<原典からの出発>

紹介文:このたび特定の読者のために電子書籍およびPDFファイル等を提供する企画を進めています。いずれも原典を元とする非公開の資料ばかりです。
今後の文書活動資金に役立てるため有料としますが、ご理解ご協力の程よろしくお願いします。

ブロマガ記事一覧

購入したコンテンツは、期限なしに閲覧いただけます。

(購読手続きは FC2 に無料登録して購読ご希望の資料ごとにメールアドレスとパスワードを記入するだけで個人情報は不要です)

FC2カウンター

最新更新した記事

アルバム